Raphael
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マヨネーズが日本で産声を上げたのは1925年(大正14年)。もちろんキユーピーが製造元でした。創業者の中島董一郎が農商務省(現農林水産省)の海外実業練習生としてアメリカに滞在中にマヨネーズと出会い、帰国後、日本人の体格向上を願って、当時の輸入品に比べて2倍の卵黄を使った栄養豊富なマヨネーズを販売したいと考えました。そして関東大震災をきっかけに衣食住の洋風化が進むのを見て、製造を開始しました。当初の売れ行きは年間120函(600kg)ほど。マヨネーズに馴染みのない日本人は整髪料(ポマード)と間違えて髪に塗ったというエピソードも残っています。その頃の日本にはサラダを食べる習慣はなく、マヨネーズはサケ缶 やカニ缶など魚介類と一緒に紹介されていました。



キューピーは、ローマ神話に登場する愛の神、キューピッドがモチーフで、アメリカのイラストレーター、ローズ・オニールさんが、発表したイラストです。これが全米で大ヒットし、いろいろな商品のコマーシャルやクリスマスカードにも使用されるようになりました。

大正時代に日本でもセルロイドの国産キューピーが大流行。創業者である中島董一郎がマヨネーズを発売するにあたり、お年寄りから子供まで幅広く愛される商品に育てたいという思いを込め、人気者のキューピーを1922年に商標にしました。
当初は食品工業株式会社だった社名も、1957年(昭和32年)に“キユーピー株式会社”に変更しました。

さて、そこでよく皆様からいただくのは、「キユーピーの『ユ』はどうして小文字じゃないのですか?」という質問。理由はデザイン上のバランスなんですね。キューピーではなくて、あくまでも「キユーピー」なのです。


マヨネーズが世間に広まり、1941年(昭和16年)年間出荷量が10万個(約500トン)まで伸びたところで、第2次世界大戦のため製造を一時中止。戦後、1948年(昭和23年)製造を再開しましたが、物資不足でよい原料が手に入らないときは、製造を中止して工場の草取りをしたこともしばしばありました。やがて原料事情が好転。卵黄が多く、うま味の強いキユーピーマヨネーズは日本の米食文化と相性がよく、さらに徹底した合理化で価格が下がったこともあり、生活が洋風化していく波に乗ってマヨネーズの市場は飛躍的に発展しました。
スポンサーサイト














管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

sebastian

Author:sebastian
僕は知的障害者です。

僕のリンク集です

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

最近の記事

国産小麦シリーズ「たいやきさん」

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。