Raphael
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パン種のように
  --- 在俗会員として生きる

    2 在俗会とは ?

 カトリック教会のカテキズムでは、在俗会のことを以下のように説明している。『在俗会は、奉献生活の会であり、そこにおいてキリスト信者は世俗の中で生活しつつ、愛の完成を志向し、特に内部からこの世の聖化に貢献するよう努めるものです。』( 928 )
 『これらの在俗会の会員は、" この聖化のために完全に余すところなく捧げられた生活 " を通して、 " 世俗において、かつ世俗から発して、教会の福音化の使命に参与 " しますが、この世にあって、酵母のような役割を果たします。これらの人々のキリスト者としての生活の証は、この世のものを神に従って秩序づけ、また福音の力によって社会を作り上げることを目指します。彼らは聖なるきずなを通して福音的勧
告を受け入れ、固有の在俗生活の仕方に基づいた相互の交わりと兄弟愛とを実践します。』( 929 )
 このような在俗会のあり方は、第二バチカン公会議、教会憲章第 5 章の『教会における聖性への普遍的召命について』を具現したものとも考えることができる。
今まで『聖性』とは、ほとんど修道会の専売特許のようなものであった。殉教者を除けば、列聖された聖人のほとんどは聖職者か修道者である。そしていわゆる『平信徒』は、世俗の事柄にかかわりつつ、罪を避けて、教会の仕事 ( 会計、バザーや掃除等々 )をそつなくこなしておればそれで上等!というのが今までの ( そしておそらく今も根強く残っている ) 考え方である。信徒でありながら、奉献生活を営む、すな
わち『聖性』をめざして生きることが可能であるというのは、今までの教会史において革命的な側面を持っている。とはいえ、これは、『あなたがたの天の父が完全であるように、あなた方も完全なものになりなさい』 ( マタイ5.48 ) と、全ての人に言われたイエスの想いを生きることに他ならない。実はまさに福音の原点に戻ったにすぎないのである。
 在俗会は、全ての信徒に開かれたものなので、もちろん女性のみではなく、男性の会員もおり、教区司祭の中で在俗会に所属する司祭もいる。ノートルダム・ド・ヴィの場合は、女性、男性、司祭といった三つの部が一つの精神で統合された在俗会を構成している。 
 また、修道会にも様々なカリスマがあるように、在俗会にも様々なカリスマ、形態の違いがある。
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