Raphael
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 もともと五節句(正月、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日)は総じて「女性のための日」でした。
女性は普段よく働いているから、この時くらいは十分に休養するという意味が込められていました。
いつもは、あまり行き来のできない家などを訪問したりして楽しんでいました。
普段食べられないものも食べ、野や山にも遊びに出かけました。ちなみに、「ひなあられ」も、その際の携帯食料だったといわれています。節句とは、いわば「外に出ていく」遊楽の日だったのです。

 ところで、「ひな人形」の「お内裏さま(男雛)」と「お姫さま(女雛)」は、どちらが右で、どちらが左なのでしょうか。実は、関東と関西では反対になります。関東では、男雛が右(向かって左)、女雛が左(向かって右)。これは「右が上位」という考えに従ったものです。たとえば「右腕(最も優れた部下)」、「右に出るものはいない(1番である)」、「左遷(位を下げる)」など、今もその考えが残っています。(^○^)
つまり、男性優位の並べ方といえるかもしれませんね。
一方、関西では元々は男雛が左(向かって右)、女雛が右(向かって左)です。これは、上方(関西)では、女性の力が強く、男性と対等という意識があったからとされています。(別の説もある)
 現代では、ひな人形の多くが関東で作られているため、関東風の並べ方が全国的になっているようです。要は、どちらが正しいということではなく、好きな方でかまわないとされています。

1.桃は、「生命力」「不老」の象徴でもあります。

「桃」の文字は「木」へんに「兆」と書きます。
日本では、これが「兆ほどもたくさんの実(子供)をならせる」と解釈され、安産をはじめ「強い生命力」の象徴とされました。魔を払う力があるという俗信も、すでに約千三百年前の『古事記』に出てきます。また桃の実は栄養価も高く、病魔を退散させると考えられていました。また、鬼を退治するとされ、桃太郎の物語にも結びつくことになります。これは、古い記録では、「お婆さんが桃を川で拾う」のではなく、夫妻が桃を食べて若返り、元気な赤ん坊を産む話になっているようです。

1.桃は、また「平和」の象徴でもあります。

有名な中国の「桃源郷」は、秦の世の戦乱を避けて、桃または桃に囲まれた別天地に隠れ、五百年以上も平和に暮らしていた人々の物語です。また、周の武王は、殷の紂王を破ったあと、「軍備撤廃」を示すために、牛を桃の林に放ったといいます。(中国の古典『尚書』による)『三国志』で、劉備、関羽、張飛が戦乱の世を救う誓いを行ったのも、「桃の園」でした。「桃園に義を結ぶ」の古事として有名です。

 このように、「桃の節句」には、「遊楽」「生命力」「平和」の意義があります。
その意義において、この日は楽しい1日であり、この日を迎える1年ごとに若々しくありますよう願っております。

-- SGI会長、桂冠詩人、池田大作博士のスピーチより --

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