Raphael
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 愛する子らよ、母の腕に抱かれて動かされるままにさせる小さな子どものようにして、あなたたちがここに来たことを、わたしは喜んでいます。ますます小さく、従順で、清く、単純にすべてをわたしにゆだねるもの、忠実なものとなってください。ご聖体の秘跡の中に本当においでになるわたしの子イエズスに、貴重な香り高い供えものとして、あなたたちを皆ささげ得るとき、母としてのわたしの心の喜びはどんなに大きいことでしょう!
 わたしは、礼拝とつぐないの母です。
 世界中のすべての聖ひつのそばに、母としてのわたしの現存もあります。わたしのこの現存は、わたしの子イエズスの孤独な現存のために、愛にみちた新しい聖ひつとなっているのです。あなたたちの間に、いつもおいでになるイエズスのために、愛の花園を作ります。また、天的な調和と、天国のすべてのおん力がイエズスを包みます。それは、礼拝する天使たちの軍団、聖人たちの幸せな祈り、煉獄で清められている多くの霊魂の苦しみにみちた熱望を意味します。わたしの汚れなき心の中で、これらの者はみな、地上のすべての聖ひつのうちに、実際におられるイエズスヘの絶えまない礼拝、つきない祈り、深い愛のコーラスを作っています。
 こん日、母としてのわたしの心は、神であるイエズスがご聖体の中に実際におられるのに、淋しい孤独のうちに、こんなに見すてられ、ひどい無視と沈黙のうちにおられるのを見て、ひじょうに悲しみ、ひどく傷つけられています。
 旅路を辿る苦しむ教会、わたしを母として奉献している教会、わたしのすべての子らである教会、新しい時代の箱船である神の民なる教会よ、あなたの生活の中心、あなたの恵みの泉、あなたの光の源、あなたの使徒的な活躍の源泉が、ここ、すなわち、イエズスが実際に安置されておられる聖ひつの中にだけあることを理解しなければなりません。イエズスが現存しておられるのは、あなたに成長することを教え、歩くときに助け、信仰のあかしをするときに強め、福音宣教のときに力づけ、あなたのすべての苦しみに際して支えとなるためです。
 ゲッセマニの臨終と、カルヴァリオの血まみれの時を経験するようにと召された、今の時代を旅する教会よ、きょう、わたしは、たえ間ない礼拝とつぐないを捧げている聖ひつの前に、わたしといっしょに、あなたを連れていきたいのです。それは、あなたの天の母がいつもする同じことを、あなたもくりかえすことができるためです。

 わたしは、礼拝とつぐないの母です。
 ご聖体の中にイエズスは、おん体と、おん血、魂と神性をもって、実際に現存しておられます。そうです、神のおん子イエズス・キリストは、実際に現存しておられるのです。わたしは、地上で生活していたとき、イエズスのうちに神をみていました。神が、こわれやすい弱い人性のヴェールにかくれておられたにしても、時間のうちに人間的な成長の規準に従って、その人性は、しだいに成長していったのです。信仰の絶えまない行いをもって、わたしは、わたしの子イエズスのうちに、いつも、わたしの神を見、深い愛をこめて礼拝していました。
 イエズスが小さな芽生えとしてわたしのおとめの胎内にまだ保存されていたときも、そして、かれをいつくしみ養い、育んで、わたし自身の血と肉を与えていたときも、わたしは、イエズスを神として礼拝していたのです。
 イエズスがお生まれになってから、なんの飾りもない貧しいほら穴のまぐさ桶の中にかれを眺めていた時も、わたしは、かれのうちに神を拝んでいました。
 発育する幼子イエズス、成長していく少年イエズス、そして、日々の仕事にいそしむ青年イエズス、公式に、自分の使命を果 たしている救い主イエズスのうちに、わたしは、わたしの神を、拝んでいました。
 イエズスがこばまれ、排斥され、自分の弟子から裏切られ、捨てられ、否定されたときに、わたしは、かれのうちに神を拝んでいたのです。
 イエズスが有罪を宣告されて、ぶじょくされるとき、むち打たれ、茨の冠をかぶせられるとき、死刑場につれて行かれ、十字架につけられるとき、わたしは、かれのうちに神を拝んでいたのです。
 わたしは、十字架のもとに立ってことばにあらわせないあの苦しみを耐えしのんでおられるのを見、墓に運ばれ、その中に置かれたとき、わたしは、かれのうちに神を拝んでいました。
 ご復活のあとで、栄光にみちたおん体、輝かしさとその神性の光に包まれて、いちばん始めに、わたしにお現れになったとき、わたしは、イエズスのうちに神を拝んでいたのです。

 愛する子らよ、イエズスが、ご聖体の中にいつも留まられるという“たまもの”をくださったのは、愛の奇跡であって、あなたたちは、この奇跡を天国ではじめて悟るでしょう。
 わたしが一番はじめにご復活の奇跡のあとで眺めたイエズス、その神性の輝きをもって、11人の使徒と、たくさんの弟子たち、泣いていたマグダラのマリア、墓にまでついて行った敬虔な婦人たちにお現れになった同じイエズスは、聖ひつの中で、聖別 されたパンの形の中に保存されています。
 聖ひつの中に、ご聖体のヴェールにかくれておられるのは、500名以上の弟子に現れ、ダマスコの途上、迫害者サウロをいなずまで打たれた同じ復活のイエズスです。あなたたちへの愛のあまりに、聖別 されたパンの白い形の中に、ご自分をかくしておられても、それは、栄光のおん体と神性の輝きのうちに、おん父の右に坐しておられるイエズスご自身、すなわち同じイエズスです。
 愛する子らよ、今日、あなたたちは、イエズスがあなたたちの間に現存しておられることを、もっと信じなければなりません。ご聖体の中に、イエズス・キリストがほんとうに現存されるという信仰を、すべての人がふたたび強くあかしするようにと、招かれているあなたたちは、これに応えなければなりません。そしてさらに、この招きを勇気と力をもって、どこにでも広めなければなりません。こうして、あなたたちは、あなたたちの天の母とともに、たゆることのない、つぐないと礼拝、決して終わることのない祈りの態度をもって聖ひつの前に集まるように、全教会を案内しなければなりません。あなたたちの司祭的な祈りは、すべて、ご聖体に対する祈りにならなければなりません。
 ご聖体の秘跡の中に顕示されたイエズスの前に、礼拝の時間をもつ習慣をいたる所に復興することをわたしは願っています。ご聖体に対する愛と尊敬を、もっと増すようにと、わたしは望みます。ご聖体こそあなたたちの信心の感覚的なしるしです。これほど意味深いしるしに対して、もっと尊敬を明らかにするようにと、わたしは望んでやみません。ご聖体のイエズスを、花と光でとり囲んでください。あなたたちのデリケートな心づかいでつつんでください。ご聖体のイエズスに近づくときは、深くひざまずいたり、礼拝したりするようにしなさい。
 ご聖体のうちにイエズスは、どんなにか、あなたたちを愛しておられることでしょう! ああ、あなたたちの愛の小さな行いでも、どんなに大きな喜びと慰めをイエズスに与えるかをあなたたちが知っていたら! と思います。ご聖体のみ心のカリスの中に、あなたたちが注ぐほんの一滴の純粋な司祭的愛だけでも、イエズスは、多くの汚聖の罪をおゆるしになるばかりか、無数の忘恩さえも、おゆるしになります。
 わたしの運動の司祭たち、そして信徒たちよ、たびたび聖ひつを訪れなさい。聖ひつの前に生きるようにしなさい。聖ひつの前に祈りなさい。
 あなたたちの祈りが、礼拝と取りつぎ、感謝とつぐないの絶え間ない祈りとなるようにしなさい。あなたたちの祈りが、天の天使たちと聖人たちの歌と1つになりますように。同時に、まだ清めを果 たしている煉獄の霊魂の熱烈な懇願にあわせた祈りになりますように。あなたたちの祈りは、絶え間のない感謝と、毎日の感謝の行いをあらわすために全世界のすべての聖ひつの前にひれ伏さねばならない全人類の声を1つにまとめる祈りとなるのです。

 ご聖体の秘跡のなかに、イエズス・キリストは、ほんとうに現存しておられますから、いつもあなたたちといっしょにこの世界に残っています。それどころか、イエズスのこの現存は、日ましに強くなり、太陽のように世界に輝いて、新しい時代のはじめを示すでしょう。キリストの栄光にみちた到来は、ご聖体の最も大きな輝きと共に訪れるでしょう。キリストは、ご聖体の、そのみ国の普遍の勝利のうちにご自分の栄光にみちたみ国を再建されるでしょう。そのみ国は、キリストの全能で発展し、心と魂、各個人と家庭、社会と世界の構造そのものも変化させる能力をもっています。
 イエズスは、ご自分のご聖体のみ国を再建されたら、その絶え間ない現存を味わう恵みをお与えになるでしょう。あなたたちは、この現存を新しい、しかも特別 な方法で感じるようになって、新たにされ、より美しい第2の地上の楽園を味わわせていただくでしょう。

 それにしても、あなたたちは、聖ひつの御前で、ただ祈るだけではなく、イエズスとの命の交わりがなければなりません。
 イヱズスがご聖体の中に実際に現存しておられるのは、あなたたちと、絶えざるいのちの交わりをもちたいと望んでおられるからです。あなたたちが、イエズスの前に行くとき、イエズスはごらんになり、あなたたちが話しかけるとき、イエズスは耳を傾け、あなたたちが何かをおまかせしてゆだねるとき、イエズスはあなたたちのすべてのことばを心におさめ、あなたたちがお願いするとき、イエズスはいつも聞きいれてくださいます。
 イエズスと共に生活する単純な日々のつながりを保つために、聖ひつの前に行きなさい。あなたたちの本性は、その自然の傾きとして、友人を探し、愛する人に信頼し、助けてくれる友人の必要を感じています。その同じきもちでイエズスを探し求めるために、聖ひつの前に行きなさい。イエズスを誰よりも愛する友人に、最も信頼できる人に、いちばんあこがれて愛する人にしてください。
 自分たちの愛を、イエズスにうちあけなさい。このことを、たびたびくり返しなさい。なぜなら、このことこそ、イエズスを限りなく満足させ、人間のあらゆる忘恩に傷ついたみ心をなぐさめ、すべてのうらぎりをつぐなう唯一の方法だからです。「イエズスよ、あなたは、わたしたちの愛です。イエズスよ、あなたは、わたしたちの唯一の友人です。イエズスよ、わたしたちは、あなたを愛します。イエズスよ、わたしたちは、あなたをあこがれています」と。
 事実、ご聖体におけるキリストの現存は、とり分け、かれとの真の愛の交わりの体験に、あなたがたを育成する働きをもっています。イエズスは、いつまでも、あなたたちと共にいてくださるため、地上にお残りになったのですから。こうして、あなたたちに、もはや、ひとりぼっちの淋しさを感じさせないためです。

 それから、あなたたちは、祈りと、イエズスとのいのちの交わりの実(結果)を得るために、聖ひつの前に行かなければなりません。このいのちの交わりは、あなたたちの成聖に向かって発展してみのるのです。愛する子らよ、あなたたちの生活が、聖ひつの前に、ご聖体のイエズスとの親密な一致のうちに過ごされるなら、それだけ、あなたたちは成聖に向かって成長するでしょう。ご聖体のイエズスは、あなたたちの成聖の、模範とかたどりになります。イエズスは、あなたたちを、心の清さへ、あなたたちが自発的に選んで望んだけんそん、生きた信頼、孝心にあふれる愛の依託へと導くでしょう。
 ご聖体のイエズスは、あなたたちの司祭的成聖の新しい姿となるでしょう。この成聖を得るために、あなたたちは、毎日、かくれた“いけにえ”となって、兄弟たちへの変わらぬ 愛を示し、すべての人の苦しみと十字架を自分のうえにひきうけ、悪を善にかえ、あなたたちにまかせられた人々の霊魂が、あなたたちによって救いに導かれるように全力をつくさねばなりません。
 それで、わたしは、あなたたちにいいます。あなたたちみんな、特にあなたたち司祭はみんな、聖ひつの前にいるようにとわたしが望む時は来ました。天の母であるわたしが絶えざる礼拝と、つきることのないつぐないを、いつもしているのですから、わたしの愛する子らであるあなたたちも、同じくするようにと、わたしは望んでいます。あなたたちを通して、全教会の中で、ご聖体に対する崇敬が、典礼のうちに日ごと力づよく、再び盛んになることを、わたしは望んでいます。
 教会全体を汚し、あれほどひどい不忠実とこれほど広がった棄教の原因は、ご聖体に対する崇敬の大きな危機から来たのです。この危機は、もはや終わらなければなりません。
 わたしは、わたしの運動に属しているわたしに奉献されたすべての愛する子らと共に、あなたたちを世界のすべての聖ひつの前に供え、最も貴重な真珠、いちばん香り高い美しい花として、イエズスに捧げたいのです。
 天の母は、すでにご聖体のうちにおられるイエズスのみもとに、日ましに多くの子らを連れて行きたいのです。それは、今の日々は、すべての人がご聖体のイエズスを礼拝し、愛し、感謝し、ほめたたえなければならない時だからです。
 わたしの愛する子らよ、あなたたちのために、すべての聖ひつの中で、たえることのない“いけにえ”となっておられるイエズスと共に、わたしは、父と子と聖霊のみ名によって、あなたたちを祝福します。

1987年 9月8日 聖母ご誕生の祝日 東京(日本)
日本の司祭のマリア運動の司祭たちと共にチェナクルムの形式で行われた黙想会
主の偉大な不思議
 愛する子らよ、わたしに奉献されたこの年に、生まれたばかりのあなたたちの母のゆりかごの周りにみんな集まるように招きます。わたしから、けんそん、小ささ、すなおさ、柔和、従順、そして沈黙を学びなさい。
 主は、小さな人、弱い人を通じてのみお働きになります。貧しい人を塵からひき上げ、小さな人々を、ご自分の栄光の道にみちびかれるのです。
 主のあわれみは、貧困と赤貧によってだけ現れます。主は、飢える人をよいもので満たし、病人には健康を、堕落した人には救いを、失望に沈んだ人には信頼を、そして罪人にご自分のめぐみをお与えになるのです。
 主の全能は、けんそんと、すなおさのうちにのみ働きます。主は、けんそんな人を高め、弱い人には力を与え、圧迫され、ふみつぶされている人を、ご自分の愛の道に導き、排斥された人や迫害されている人を、いつくしみのまなざしで、かえり見られます。
 きょう、わたしといっしょに主の数々の不思議を歌いなさい。その神としてのあわれみの奥義をたたえなさい。世界におけるわたしの汚れなき心の勝利をもって、あわれみ深いイエズスの愛の最大の奇跡が行われようとしているのです。
 ことしから、わたしは、この勝利を日ましに強くなる特別な方法によって実現しはじめます。教会も人類も、母としてのわたしの計画が実現するのを喜んで眺めるでしょう。
 わたしは、この実現のために、わたしの汚れなき心に奉献された司祭と信徒からなるあなたたちに〔協力〕を依頼します。わたしは、このためにこそ、わたしの小さな子よ、あなたをこんなに遠い国々に連れてきたのです。あなたが地の果 てにまで、わたしのメッセージをくりかえすことができるように…。
 わたしは、あけそめる“あけぼの”です。
 わたしは、生まれたばかりの、あなたたちの母です。
 わたしは、主の小さなはしためです。
 わたしの時が来ました! あなたたちは、わたしの汚れなき心の勝利のうちに、主の偉大な多くの不思議を眺めるように召されているのです。
 それで、わたしは、みんなを、あなたたちの生まれたばかりの天の母がねかされているゆりかごのまわりに、集まるように招きます。それは、あなたたちが、愛とけんそん、潔白と祈りの供えものとして、自分たちをわたしに供えるためです。
 わたしは、愛と喜びのうちに、あなたたちを祝福します。
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