Raphael
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 四旬節の最後の日曜日は、「受難の主日」あるいは「枝の主日」と呼ばれています。

 ユダヤ人の過越祭(すぎこしさい)を間近に控えて、イエス・キリストは、ベトファゲ(ベテパゲ)からロバに乗ってエルサレムの町に入られました。 すると大勢の群衆は、「イエス・キリストがダビデ王のように、イスラエルの国を復興させる王としてエルサレムに来られた」かのように考え、自分の服やシュロの木の枝を道に敷き、「ダビデの子にホザンナ」と叫んで、イエス・キリストを歓迎しました。

 この出来事に因(ちな)んで今日でも、ミサの始めにシュロの木の枝を祝福し、それを手に持って行列しながら、主の「エルサレム入城」を記念します。 この主日が「枝の主日」とも呼ばれるのは、そのためです。

 しかしイエス・キリストがエルサレムにおいでになったのは、使徒たちに何度か予告していたように、十字架にかけられて、すべての人の身代わりとなって、自分の命をお捧(ささ)げになるためでした。 この御受難の出来事を記念するために、この日の福音では、キリストの受難の朗読が行われます。

 信徒は、祝福されたシュロの木の枝を各家庭に持ち帰って、十字架に付けたり、家庭祭壇に飾ったりします。 これは人類のために、十字架の木によって死を打ち滅ぼし、「正義の芽生え」(エレミア33:15)として復活し、永遠の命に入られた「キリストの勝利」を予告するシンボルであると言われています。

 シュロの木の枝は次の年の「灰の水曜日」前ころに教会に持ち寄られ、焼いて灰の儀式に用いられるのです。

 註:ユダヤ人の「過越祭」とは、出エジプト記(第12章)の出来事を記念してお祝いする、ユダヤ教のお祭りです。 主は、イスラエルの民をファラオがどうしても解放しない最後の罰として、エジプトの国をめぐってエジプトの人間と動物の「ういご」をすべて打ち殺されたのです。 ただし、子羊の血を、戸や框(かまち)に塗っておいたイスラエルの民の家は「過ぎ越され」たので、イスラエルの「ういご」は打ち殺されなかったのです。 

聖週間

 復活祭に先立つ一週間は「聖週間」と呼ばれ、その中でも、「主の晩餐の夕べのミサ」(聖木曜日-夕方-)から、「主の受難の祭儀」(聖金曜日-夕方-)を経て、「復活の聖なる徹夜祭」(聖土曜-夜-)を頂点とし、「復活の主日」に至る三日間が、新しい「主の過越しの聖なる三日間」と呼ばれるようになりました。

 この「新しい過越し」が、ユダヤ人の過ぎ越し祭(ニサン月15日)とは別に行われることは、ユダヤ人の過越祭の小羊に代わって、イエス・キリストが「世の罪を取り除く神の小羊」となり、私たちのために復活の命をもたらしてくださったことを象徴しているかのようです。
スポンサーサイト














管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

sebastian

Author:sebastian
僕は知的障害者です。

僕のリンク集です

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

最近の記事

国産小麦シリーズ「たいやきさん」

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。