Raphael
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序-詩篇20篇は、苦難の日に王のために祝福をもとめるとりなしの祈りがささげられました。他の人の祈りを必要としない人は誰もいません。自分のために祈ってくれる民がいる王は幸せでした。そして、王のために祈った民も幸せでした。互いに祈り支え合える私たちも幸せです。21篇は、祈りに応えて王に勝利を与えて下さった神様への賛美です。これは、本当に正しい祈りです。人は求める祈りは多くささげるのに、その祈りが応えられても感謝の祈りがありません。神様は感謝の祈りをもっと喜んで下さいます。神様への感謝は、敬虔な喜びの表現です。受けた助けと恵み、神様の力と愛を感謝することは、成熟したクリスチャンがすることです。

Ⅰ-神様が祈りに応えて下さるから-1-2
 神様は私たちの祈りを聞いて下さって、求める以上に応えて下さいます。ダビデが神様の御言葉に従順になって、困難と闘い、勝利した時、イスラエルの民はとても喜びました。まず、勝利自体を喜んでいます。1節。神様の民は、信仰によって勝利を下さることは知っていたのですが、実際に結果となってあらわれる時までは、はらはらしながら待つ他ありません。神様がダビデを勝利させて下さったので、民たちは王と神様に一緒に感謝をささげるようになるのです。喜びいっぱいです。ピリピ4:4。他の人が信仰で行なった結果、神様の祝福を受けるようになったら、私たちまでうれしくなります。それは、私たちもそのようにすれば同じ祝福にあずかる、という信仰が生じるためです。
 次の喜んだ理由は、神様が働いて下さった喜びです。世にあって自分が今も必要な存在だ、価値ある者だ、という思いより大きい喜びがあるでしょうか。人がその職場から追われてようになるなら、私は役立たない者なのか、と大きな挫折感を経験します。反対に、必要な者として継続して求められるなら、人生最高の喜びでしょう。運動選手の契約更改の時には、そんな悲喜交々が見られます。ダビデは勝利する体験を通して、今も自分を神様が価値あると用いて下さるんだなあ、と感じていたのです。
 「王はあなたの御力を、喜びましょう」と言っています。皆さんも兄弟姉妹が自分のために祈っていることを感じる時があるでしょう。その時がいつかと言うならば、ある事をしながら急に力が与えられる時です。また、何か変化が始まった時です。人々が自分のために祈ってくれている時、急に新しい力が生じ、感激がわくのです。ダビデもそうだったのです。敵が急に逃げ出し、戦いが変化する分岐点があります。民が祈ってくれて、神様が助け始められたのです。ヤコブ 5:16。
 大事なことは、神様が私たちを祝福して下さる時、祈りの応答として下すことを願われる、ということです。求めて祈っていないなら、祝福を受けたとしても、感謝しないからです。恵みとしての体験とならず、信仰の益となることもないからです。ダビデのためにとりなし祈った民は、ダビデの勝利を神様の応答と知って、感謝をささげているのです。2節。
 神様は私たちにある大きな祝福を下さる時、どうしてよいか分からないような状態に置かれたりします。その苦難を通して大きな祝福へ導いて下さいます。ですから、私たちは何か悪いことが起こっても、神様の浄化作用と思えばよいのです。世の思考方式が私たちの頭から抜けて行くなら、神様の望みが入って来るからです。初めは困難な状況で嘆くのですが、神様を叫び求めて祈るなら、神様が困難の中から引き上げて下さり、思いもよらない結果となるのです。これが、神様の祝福して下さる方法です。ですから、神様は私たちに祝福を下さる前に、まず私たちに祈る心を与えて下さいます。祈る必要を覚えたなら、延ばさないで、どこでも祈って下さい。神様が祝福を備えて下さっておられるのですから。ルカ18:1。

Ⅱ-従順な者に対する祝福-3-6
 何と言っても、神様は従順な者に祝福を下さるということが分かります。ダビデの特徴は、従順でした。どのような祝福を下さるのでしょうか。まず、尊い者とされる祝福です。3節。神様の御言葉に従順な王は、世の王に見られるようなことがありませんでした。虚勢、見せ掛けがありませんでした。神様の御言葉通りの王を愚かだと非難する人々もいました。しかし、勝利を前にその力を否定することはできません。民も神様がダビデを褒め称えて下さっておられる、と分かりました。私たちも、虚勢、見せ掛けを求めるのではなく、主の御言葉に従順になることに集中しましょう。最後には褒め称えられる者となるからです。
 次の祝福は、長くその働きと地位が維持される、という祝福です。4節。どんなに尊い信仰の人だといえども、早く去って行くなら、その恵みを他の人が受けることができなくなります。それで、神様は、民がその祝福を共に受けることができるように、ダビデを長く生かし、長く用いて下さいました。これが長寿の秘訣です。「いのちを請い求めた」と言っているのは、単純に長寿を願ったということではありません。神様の祝福を長く多くの人々と分かち合うことができるようにして下さい、ということです。
 そのために必要なことは何でしょう。ダビデが持っていたその純粋な心を最後まで維持することです。民も純粋な信仰を変わらずに持ち続けることです。神様の民は、神様の御言葉に献身するのです。デボーションとは、献身という意味です。人の心は変質します。しかし、神様の御言葉に献身するなら、心はずっと純粋です。ダビデは長い無名時代があって、御言葉によって備えられました。神様のしもべは、長く神様に忠実に仕えるなら、無名時代の悲しみを受けることも良いのです。
 そして、大きな栄光を受ける、という祝福があります。5節。世の中を見ると、世の栄光を受けるのはほんの一瞬です。再びその機会は来ません。しかし、神様に拠り頼む者には、その栄光をもっと大きくして下さる、というのです。神様はその愛する者を高めて下さるのです。神様は傲慢な者を低めて、謙遜な者を高めて下さるのです。そうして、喜びを与えて下さるのです。6節。結局、神様が下さる最高の恵みは、神様との霊的交わりです。神様はアブラハムを「友」と言って下さり、イエス様は弟子たちを「友」と呼んで下さいました。ヨハネ15:14。
 
Ⅲ-神様のしもべの働き-7-13
 神様は、祈り求めて神様に拠り頼む者を祝福して、力を与えて下さいました。その一つは「揺れ動かない」ようになる、ということです。7 節。神様に拠り頼むなら揺れ動くことがないのは、なぜですか。神様が揺れ動くことがないからです。どんな家を建てても、その基礎がしっかりしていれば、揺れ動くことはありません。基礎がしっかりしているならば、頑強な家を建てることができます。この人はこう言った、あの人はああ言ったと言っては、人はうろたえ悩むようになります。私たちにも、このようなことが何と多いことでしょう。神様に拠り頼む者は、神様の恵みと慈愛を握っているので、むやみに人の言葉に揺り動かされないのです。私たちは、御言葉によって考え、行動するのです。人の言葉に揺さ振られて生きるのではありません。
 次に、「敵を見つけ出し」ます。8節。悪い勢力はいつも正体を隠しているので、発見することが難しいのですが、神様は、主に拠り頼む者に敵を見つけ出させます。騙されないように守って下さるということです。悪い者がいくら正体を隠そうとしても、正体が現れてしまうのです。なぜならば、彼が持っている価値観が違っているためです。例えば、イスカリオテのユダは教養ある上品な人でした。しかし、マグダラのマリアが高い香油をイエス様の足に注いだ時、勿体無い無駄なことをして、と言って叱り、正体を現しました。使徒パウロは、私たちはサタンの欺きを分からないわけではないと言いました。Ⅱコリント2:11。私たちは、サタンの欺きを知って、守られるのです。
 そして、「悪の勢力を消滅させ」ます。9-10節。神様が干渉して下さるからです。神様の怒りと火が彼等を消滅させるのです。神様は、準備されたしもべに職責を与えて、罪の勢力を根こそぎにするようにされるのです。いくら悪い者が計略を立てても、そのまますることはできません。11-13節。なぜならば、神様のしもべたちが、すでにもっと強い者となっているからです。結局、主は正しいしもべを通して、出て行くようになります。彼を通して、悪い者が到底太刀打ちできない神様の力が現れるためです。
 イエス様が十字架によって勝利されておられます。私たちには勝利が約束されている、力ある神様がついていて用いて下さる、と確信して歩むのです。ヨハネ 16:33。人生は苦難が多いです。悩みや悲しみがあります。しかし、私たちは主によって戦って行くのです。信仰は力があります。神様は祈りに応えて下さいます。とりなしの祈りに応答して下さる神様を褒め称え、喜ぶのです。皆さん、私たちを贖って下さった神様に感謝をささげましょう。私たちの祈りに応答して、救って下さる神様を賛美しましょう。そして、信仰の喜びを享受して、力を得て奉仕して、すべて試みに勝利して、主の祝福の根源となりましょう。

指揮者のために。ダビデの賛歌

21:1 主よ。王はあなたの御力を、喜びましょう。あなたの御救いをどんなに楽しむことでしょう。

21:2 あなたは彼の心の願いをかなえ、彼のくちびるの願いを、退けられません。セラ

21:3 あなたは彼を迎えてすばらしい祝福を与え、彼のかしらに純金の冠を置かれます。

21:4 彼はあなたに、いのちを請い求めました。あなたは彼に、とこしえまでの長い日々を与えられました。

21:5 御救いによって彼の栄光は、大きい。あなたは、尊厳と威光を彼の上に置かれます。

21:6 あなたは、とこしえに彼を祝福し、御前の喜びで彼を楽しませてくださいます。

21:7 まことに、王は主に信頼し、いと高き方の恵みによってゆるがないでしょう。

21:8 あなたの手は、あなたのすべての敵を見つけ出し、あなたの右の手は、あなたを憎む者どもを見つけ出します。

21:9 あなたの御怒りのとき、彼らを、燃える炉のようにされましょう。主は御怒りによって彼らをのみ尽くし、火は彼らを食い尽くすでしょう。

21:10 あなたは、地の上から、彼らのすえを滅ぼされましょう。また、人の子らの中から、彼らの子孫をも。

21:11 彼らが、あなたに対して悪を企て、たくらみを設けたとしても、彼らには、できません。

21:12 あなたは彼らが背を見せるようにし、弓弦を張って彼らの顔をねらわれるでしょう。

21:13 主よ。御力のゆえに、あなたがあがめられますように。私たちは歌い、あなたの威力をほめ歌います。


ピリピ4:4 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。

ルカ18:1 いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。

ヤコブ5:16 ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。

ヨハネ15:14 わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。
15:15 わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。

Ⅱコリント2:11 これは、私たちがサタンに欺かれないためです。私たちはサタンの策略を知らないわけではありません。

ヨハネ16:33 わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」
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