Raphael
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いつくしみの祭日の前のノヴェナ
 主イエズスは、シスター・ファウスティナにいつくしみの祭日に備えてノヴェナを行なうように命じた時、こう言われました。「この九日間に、あなたがわたしのいつくしみの泉に人々の魂を連れてくることを求める。この魂が、人生の苦難の時、特に臨終の時に必要としている力と安らぎ、そしてあらゆる恵みを汲むために。一日毎に、わたしの示す霊魂のグループをわたしの心に連れてきて、その人たちをこのいつくしみの海に浸しなさい。わたしは、このすべての魂をわたしの父の家に導き入れる。あなたは、この世においても、または来るべき世においてもこれを行いなさい。わたしのいつくしみの泉に導き入れる魂の願い事を拒むものは何もない。あなたは毎日、この霊魂のための恵みをわたしの辛い受難によってわたしの父に願いなさい」(1209)。

第一日
 「今日、全人類、特にすべての罪人をわたしのもとに連れてきて、わたしのいつくしみの海に浸しなさい。そうすれば、あなたは失われた霊魂のために苦しい悲しみに沈んでいるわたしを慰めるあろう。
いつくしみ深いイエズスよ、あなたは憐れみとゆるしそのものです。わたしたちの罪ではなく、あなたの限りない善意へのわたしたちの信頼を顧みて、その憐れみ深い御心にわたしたち一人ひとりを受け入れ、わたしたちがいつまでもそこに留まることができますように。あなたと御父と聖霊とを結ぶ愛によってお願いいたします。
 永遠の父よ、イエズスの憐れみ深い御心に留まる全人類、特にあわれな罪人をいつくしみ深いまなざしで顧み、イエズスの苦しいご受難によって、わたしたちにいつくしみを注いでください。わたしたちがあなたの偉大ないつくしみをとこしえにほめたたえることができますように。アーメン。」
 (神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)


第二日
 「今日、司祭や修道者をわたしのもとに連れてきて、わたしのはかり知れないいつくしみに浸しなさい。彼らは、苦しい受難を耐え忍ぶために、わたしに力を与えた。水が水路を通して流されるように、わたしのいつくしみが彼らを通して流されている。
 いつくしみ深いイエズスよ、あなたはすべての善の源です。わたしたちがあなたの御心に適ういつくしみの行いを成し遂げられるように、わたしたちを恵みで満たしてください。わたしたちを見るすべての人が、天におられるいつくしみの御父をほめたたえますように。

 永遠の父よ、あなたのぶどう畑において選ばれたもの、司祭と修道者をいつくしみ深いまなざしで顧み、彼らにあなたの祝福の力をお与えください。彼らは御子の御心に留まっていますから、御心の思いやりによって彼らにあなたの力と光をお与えください。彼らが他の人を救いの道に導くことができ、共にあなたのはかり知れないいつくしみの賛美をとこしえに歌い続けることができますように。アーメン。」

(神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)


第三日
 「今日、すべての信仰深い忠実な人々をわたしのもとに連れてきて、わたしのいつくしみの海に浸しなさい。この人々は、十字架の道の途上でのわたしの慰め、海のように大きいな悲哀の中での慰めのしずくであった。
 いつくしみ深いイエズスよ、あなたはいつくしみの宝庫から、すべての人々に恵みをあふれるほどに与えてくださいます。あなたの憐れみ深い御心にわたしたちを受け入れ、わたしたちがいつまでもそこに留まれますように。天の父に対して燃えているあなたの御心のはかり知れない愛によってお願いいたします。
 永遠の父よ、あなたの御子の相続人である忠実な人々を、いつくしみ深いまなざしで顧みてください。御子の苦しいご受難によって、彼らを祝福し、いつも保護してください。彼らが、愛と聖なる信仰の宝を失うことなく、天使と聖人の群と共に、あなたのはかり知れないいつくしみをとこしえに賛美できますように。アーメン。」

(神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)


第四日
 「今日、異教徒とわたしをまだ知らない人々を、わたしのもとに連れてきなさい。辛い受難のさなかに彼らについて考えていた。彼らの未来の熱心さがわたしの心の慰めであった。彼らをわたしのいつくしみの海に浸しなさい。
 憐れみ深いイエズスよ、あなたは全世界を照らす光です。あなたをまだ知らない異教徒をあなたの憐れみ深い御心に受け入れてください。彼らもわたしたちと共にあなたの偉大ないつくしみをたたえ、いつまでも御心に留まれますように、彼らをあなたの光で照らしてください。
 永遠の父よ、イエズスのいつくしみ深い御心に留まっている異教徒とあなたをまだ知らない人々をいつくしみ深いまなざしで顧み、福音の光に引き寄せてください。彼らはあなたを愛する幸福の大きさをまだ知りません。彼らも、あなたのいつくしみの寛大さをとこしえにほめたたえることができますように。アーメン。」

(神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)


第五日
 「今日、離れた兄弟たちの霊魂をわたしのもとに連れてきて、わたしのいつくしみの海に浸しなさい。辛い受難の時、彼らはわたしの体と心、すなわちわたしの教会を引き裂いていた。彼らが教会との一致に戻る際に、わたしの傷が癒される。そうすれば、彼らがわたしの受難を和らげる。
 いつくしみ深いイエズスよ、あなたは善そのものであり、求める人々に光を拒まれません。離れた兄弟たちの霊魂をあなたの憐れみ深い御心に受け入れ、彼らをあなたの光によって教会との一致へと引き寄せて下さい。彼らが、あなたの憐れみ深い御心にいつも留まり、あなたのいつくしみの寛大さをほめたたえることができるようにしてください。
 永遠の父よ、わたしたちの離れた兄弟たち、特に自分の誤りの中に頑なに留まって、あなたの賜を無駄に使い、あなたの恵みを悪用した兄弟たちの霊魂をいつくしみ深いまなざしで顧みてください。彼らの誤りではなく、彼らのために辛い受難を受けた御子の愛を顧みてください。彼らも、イエズスの憐れみ深い御心に留まっているからです。彼らも、あなたの偉大ないつくしみをとこしえにほめたたえることができるようにしてください。アーメン。」

(神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)


第六日
 「今日、柔和で謙遜な人々や幼子の霊魂をわたしのもとに連れてきて、わたしのいつくしみに浸しなさい。彼らは、わたしの心に最もよく似ている。彼らは、最も辛い受難において、わたしを励ました。わたしは、わたしの祭壇のもとで祈る地上の天使として彼らを見た。彼らの上に、大河のように豊かに恵みを注いでいる。ただ謙遜な人だけが、わたしの恵みを受け入れることができる。謙遜な人にわたしの信頼を置く。
 いつくしみ深いイエズスよ、あなたは「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしに学びなさい」と言われました。柔和で謙遜な人々や幼子の霊魂をあなたの憐れみ深い御心に受け入れてください。彼らは、天国全体を魅了し、天の御父が特別に好まれる者です。彼らは、神の玉座の前のすばらしい香りの花束のように、神ご自身をその香りで楽しませています。彼らは、あなたの憐れみ深い御心に永久に留まり、愛といつくしみの讃歌をとこしえに歌っています。
 永遠の父よ、憐れみ深いイエズスの御心に留まっている柔和で謙遜な人々や幼子をいつくしみ深いまなざしで顧みてください。彼らは、あなたの御子に最もよく似ています。彼らの香りは、この地上から立ち昇り、あなたの玉座にまで届いています。すべての善といつくしみの父よ、彼らへのあなたの愛と彼らがあなたに与える喜びによってお願いいたします。すべての人々は共にあなたのいつくしみに賛美の歌をとこしえに歌いますように、一人ひとりを祝福してください。アーメン。」

(神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)



第七日
 「今日、わたしのいつくしみを特別に礼拝し、ほめたたえる人々をわたしのもとに連れてきて、わたしのいつくしみに浸しなさい。彼らは、わたしの受難のために自分の心を深く痛めており、わたしの心を最も深く理解した。彼らは、わたしの憐れみ深い心の生きた写しである。来世において、彼らは特別な光で輝き、誰一人として地獄に落ちることはない。臨終の時に、彼ら一人ひとりをわたしは特別に守る。
 いつくしみ深いイエズスよ、あなたの心は愛そのものです。あなたのいつくしみの偉大さを特別に礼拝し、ほめたたえる人々をあなたの憐れみ深い御心に受け入れてください。彼らは、神御自身の力によって勇気づけられています。彼らは、あらゆる苦難や逆境においてもあなたのいつくしみに信頼して、前進します。彼らは、あなたと一致して、全人類の重荷を背負っています。臨終の時に、彼らは裁かれることなく、あなたのいつくしみで包まれます。
 永遠の父よ、あなたの最も偉大な特性であるはかり知れないいつくしみを崇め、ほめたたえる人々をいつくしみ深いまなざしで顧みてください。イエズスの憐れみ深い御心に留まっている彼らは、生きた福音であり、彼らの手はいつくしみの行いで満ちあふれ、喜びに満たされた心はいと高き方にいつくしみの歌を歌っています。神よ、彼らがあなたに置く希望と信頼のために彼らにいつくしみを注いでください。「わたしのはかり知れないいつくしみを礼拝する人を、生きている間に、また特に臨終の時にわたし自身が守る」というイエズスの約束が彼らにおいて実現されますように。アーメン。」

 (神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)


第八日
 「今日、煉獄の中に閉じ込められている霊魂をわたしのもとに連れてきて、わたしのいつくしみの深淵に浸しなさい。わたしの血の泉は彼らの灼熱の苦しみを和らげる。わたしの正義に基づいてその罪のつぐないを果たしているすべての魂をわたしは大いに愛している。あなたは、彼らの苦しみを除去することが出来る。わたしの教会の宝庫からすべての免償をとり、彼らのためにささげなさい。もしあなたが彼らの苦しみを理解したなら、絶え間なく彼らのために霊的な施しをささげ、わたしの正義に対する彼らの負債を支払っていくだろう。
 憐れみ深いイエズスよ、あなたは「いつくしみを望む」と言われました。あなたに愛されても、あなたの正義に基づいて償いを果たさなければならない煉獄の霊魂を、あなたの憐れみ深い御心に導き入れます。煉獄においてもあなたのいつくしみの力がほめたたえられるために、あなたの御心から流れ出た御血と御水の泉が、煉獄の炎を消しますように。
 永遠の父よ、イエズスの憐れみ深い御心に留まっている煉獄で苦しんでいる霊魂を、いつくしみ深いまなざしで顧みてください。あなたの御子、イエズスの苦しいご受難によって、またイエズスの至聖なるご霊魂に満ちた悲痛によってお願いいたします。あなたの正義のもとにある霊魂にいつくしみを注いでください。いつも最愛の子、イエズスの傷を通して彼らをご覧ください。あなたの善と憐れみには限りがないとわたしたちは信じています。アーメン。」

 (神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)


第九日
 「今日、なまぬるい霊魂をわたしのもとに連れてきて、わたしのいつくしみの深淵に浸しなさい。彼らはわたしに最も苦しい傷を負わせている。ゲッセマネの園で、なまぬるい霊魂のために、わたしの魂は最も大きな嫌気を感じた。「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください」と言ったのは、彼らのためであった。彼らにとって、わたしのいつくしみに寄りすがる以外に、救いの希望がない。
 憐れみ深いイエズスよ、あなたは憐れみそのものです。あなたの憐れみ深い御心になまぬるい人びとを導き入れます。死体に等しいもので、あなたに嫌気を感じさせるこの凍っている霊魂が、あなたの純粋な愛の火の中で熱くなりますように。憐れみ深いイエズスよ、あなたのいつくしみの全能によって、彼らをあなたの愛の火の中に引き寄せ、聖なる愛で満たしてください。あなたは、何でもお出来になるからです。
 永遠の父よ、イエズスの憐れみ深い御心に留まるなまぬるい人びとをいつくしみ深いまなざしで顧みてください。いつくしみの父よ、あなたの御子の辛いご受難によって、また十字架上の三時間のはげしい苦痛によってお願いいたします。彼らがあなたのいつくしみの深淵をほめたたえることが出来ますように。アーメン。」

(神のいつくしみへの祈りの花束を唱えます)




いつくしみの祭日の祝い方
 いつくしみの祭日では、いつくしみ深いイエズスのご絵が公に祝別されて崇敬を受けること、また司祭たちが「神の限りないいつくしみについて人々に語ること」を、イエズスは求めています。
 信者は、イエズスが与えたい豊かな恵みを受けるために、まずゆるしの秘跡を受けることによって(祭日の数日前でもいい)神と和解をし、この日に信頼をもって、「命の源」であるご聖体を受ける必要があります。

ゆるしと和解の秘跡
 シスター・ファウスティナの日記によると、主イエズスは、わたしたちがゆるしの秘跡を受けることによって、神のいつくしみを礼拝すると強調しています。
 シスター・ファウスティナに向かって、主イエズスはこう語ります。「わたしのいつくしみについて書き、話しなさい。慰めを探すべきところを人々に教えなさい。それは、いつくしみの裁判所である。そこでは最も偉大な奇跡が絶えず繰り返される。わたしの代理者のもとに近づき、自分の全てのみじめさを話すだけで、神のいつくしみの奇跡は完全に現れる。魂は、腐りつつある死体のようであっても、あるいは人間にとっては、復活が不可能となり、すべてが失われたようになっても、神にとっては、そうではない。神のいつくしみは完全にこの魂を復活させる」(1418)。
 「ゆるしの秘跡に近づく時、告解所には、わたし自身があなたを待っているということを意識しなさい。わたしは司祭の姿に隠れるが、魂において自分自身で働く。ここでは、みじめな魂は、いつくしみの神と出会う。このいつくしみの泉から、ただ信頼という器だけで恵みを汲むことが出来ると人々に言い伝えなさい。彼らの信頼が大きければ大き程、わたしの気前よさには限界がない」(1602)。

聖体拝領
 イエズスは、シスター・ファウスティナにこんな言葉を語りました。「わたしは、人間の霊魂と一致することを望む。霊魂と一致することは、わたしの大きな喜びである。聖体において人間のこころに入る時、わたしの手はあらゆる恵みで満たされている。この恵みを人々に与えたいが、人々はわたしを無視し、一人に残して、別のことに心を向ける。人々が愛を見きわめないために、わたしはとても悲しんでいる」(1385)。
 「ご聖体において、わたしと一致する人が少ないので、わたしはとても苦しい。わたしは人々を待っているのに、彼らはわたしに対して無関心である。わたしはこころをこめて、これほど誠実に彼らを愛しているのに、彼らはわたしを疑う。彼らにたくさんの恵みを注ぎたいのに、彼らはそれを受け入れたくない。わたしには愛といつくしみに満ちあふれるこころがあるのに、彼らは、わたしを何か死んだものように扱う」(1447)。
3. 神のいつくしみへの祈りの花束

 シスター・ファウスティナは1935年 9月13日に与えられた神秘的な体験についてこう書いています。「夕方、自分の部屋にいる時、神の怒りの天使を見ました。・・・・・・世界が必ず悔い改めて、償いをはたしますから、しばらく待ってくださるように、天使に願いましたが、神の怒りに対してわたしの願いは無力でした。その時、・・・・・・わたしは内面的に聴こえる言葉で世界のために神に願い始めました。このように祈ると、天使の無力な姿を見ました。天使は、世界が罪のために受けるべき正しい罰を与えることが出来ませんでした。かつて、これほどの内面的な力を持って祈ったことはありませんでした。・・・・・・ 翌朝、わたしたちの聖堂に入ると、こんな内面的な言葉が聞こえました。『聖堂に入る度に昨日私があなたに教えた祈りを唱えなさい。この祈りを普通のロザリオを用いて次のように唱えなさい。はじめに主の祈り・天使祝詞・信仰宣言を一回ずつ唱えてから、主の祈りの珠のところで次の言葉を唱える。「永遠の父よ、私たちと全世界の罪のゆるしのために、あなたの最愛の子、私たちの主、イエズス・キリストの御体と御血、御霊魂と神性をあなたにおささげいたします。」天使祝詞の珠のところで次の言葉を唱える。「イエズスの苦しいご受難によって、私たちと全世界にいつくしみを注いで ください。」最後に次の言葉を三回唱える。「聖なる神、聖なる全能の神、聖なる永遠の神よ、私たちと全世界を憐れんでください」』」(474 - 476)。
 後にイエズスはシスターにこう言われました。「この祈りの花束を絶えず唱えなさい。この祈りを唱える人は、誰であっても、臨終の時には偉大な憐れみを受ける。司祭は、この祈りを最後の拠り所として罪人に与える。最も罪深い人であっても、この祈りの花束を一回だけ唱えれば、私の限りないいつくしみから恵みが与えられる。私は、全世界に私のいつくしみを知ってほしい。私のいつくしみに信頼する人々に、想像もつかない恵みを与えたい」(687)。

4. 偉大な恵みの時間

 ある出現の時に、神が、主イエズスとその苦しい受難によって地球を祝福しているとシスター・ファウスティナは分かりました。「大きな光を見ました。この光のうちに父である神がおられました。この光と地球の間に十字架につけられたイエズスを見ました。神は、地球をながめようとされた時に、必ずイエズスの傷を通して見なければなりませんでした」(60)。
 福者ファウスティナの日記によるとイエズスは特に、私たちにイエズスの十字架の死を思い出させる時間、つまり三時にご自分の受難を黙想し、この受難がもたらした恵みを求めて、祈ることを望んでいます。「三時に、特に罪人のために私の憐れみを願い、そうしてほんの短い間でも私の受難、特に死ぬ時の私の孤独について黙想しなさい。この時間は、全世界のための偉大ないつくしみの時間なのである。あなたに、わたしの致命的な悲しみを悟らせる。この時間に、私の受難によって私に願う人々をわたしは誰一人拒むことがない」(1320)。
 イエズスは、この時間に十字架の道行きや聖体訪問をするように、またこれが出来なければ、その時間にいるところで短い祈りを唱えるようにシスターに言われました(1572)。わたしたちはたとえば、イエズスがシスターに教えた次の祈りを唱えることが出来ます。「わたしたちのために、イエズスの御心からいつくしみの泉として流れ出た血と水よ、あなたに信頼します」(187)。

5. 神のいつくしみを宣べ伝えること

 イエズスは、神のいつくしみを宣べ伝えるように励まして、こう言われました。「わたしは、わたしのいつくしみへの礼拝を広める人を、母が自分の赤ん坊を見守っているように一生涯見守る。そして臨終の時に、彼らにとって審判者ではなく、いつくしみ深い救い主となる」(1075)。「わたしのいつくしみを賛美し、信頼するように他の人々を励ますことによってこの礼拝を広める人々は、臨終の時に決して恐れを味わうことがない。この最後の戦いの時に、わたしのいつくしみがこの人を包む」(1540)。
 イエズスは、神のいつくしみを宣べ伝える司祭に特別な約束を与えてくださいました。「わたしの司祭たちにこう言いなさい。彼らが、わたしの限りないいつくしみについて、または、罪人のためにわたしの心にある憐れみについて語る時に、彼らの言葉を聞くかたくなな罪人が悔い改めるであろう。わたしのいつくしみを宣べ伝え、それを崇める司祭には、不思議な力を与える。彼らの言葉を祝福し、彼らの言葉を聞く人の心を動かす」(1521)。


 
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