Raphael
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福者ファウスティナは、1931年 2月22日の出現を次のように描いています。「夕方、私が部屋にいた時、白い長衣を着た主イエズスを見ました。一方の手は祝福するために挙げられ、もう一方は、長衣の胸のあたりに触れていました。そして、長衣の胸元の開いたところから、赤と青白い二本の大きな光が流れていました。私は静かに主をじっと見つめていました。私の魂は、恐れと同時に大きな喜びに打ち負かされてしまっていたのです。暫くしてから、イエズスは私にこう言われました。『あなたが、見ているままに、「イエズスよ、あなたに信頼します」という言葉が刻み込まれている、わたしの姿を描きなさい。この絵姿を、先ずはあなたたちの聖堂、そうして全世界で崇敬してほしい。この絵を崇敬する人は決して滅びないと約束する。そして、既にこの地上にいるうちに、特に臨終の時に敵に対して勝利をおさめることをも約束する。私の栄光として、この人を私自身が守る』」(46-48)。 キリストの言葉によれば、この絵こそ、人々が「恵みをいただくためにいつくしみの泉へ近づく時、手にすべき器」(327)なのです。
 指導司祭に頼まれて、ファウスティナは御絵の光の意味についてイエズスに尋ねました。イエズスは答えて、こう説明してくださいました。「この二つの光は水と血を意味する。青白い光は霊魂を義とする水、赤い光は霊魂の生命である血を意味する。この二つの光は、十字架上で死にかかっていた私の心臓が槍で開かれた時に、私のいつくしみの中から流れ出た。この二つの光のもとに生きる人は幸い、神の正義の御手は、この人を捕らえることがないからである」(299)。
 いつくしみ深いイエズスの御絵が出来たのは、ファウスティナの指導司祭ソポチコ神父のおかげです。御絵の存在、またはその図解の形と神学的な内容に関するイエズスの望みがわかった後、神父はこの絵を画家のエウゲニュシ・カジミロフスキに描いてもらいました。
 カジミロフスキ師はファウスティナの詳しい指示に
従って絵を描いたにもかかわらず、絵が出来上がった時、この「肖像」のイエズスが、ファウスティナの見たイエズスほど美しくなかったので、彼女は満足するどころか悲しみの涙を流しました。するとイエズス自身がシスターを慰め、その際神のいつくしみへの礼拝には何が大事かを教えました。「この絵の偉大さは絵の具の色や筆の美しさにあるのではなく、私の恵みにあるのである」(313)。
 エウゲニュシ・カジミロフスキが描いた絵は、今日に至るまでヴィルノの聖霊教会におかれ、崇敬をうけています。しかし、全世界に知られるようになったのはこの絵ではなく、アドルフ・ヒワの絵なのです。 
 アドルフ・ヒワが戦争で家族全員が助けられたことへの感謝の奉納として1943年に、いつくしみ深いイエズスの絵を描いて、それを憐れみの聖母修道女会のワギエフニキ修道院にささげました。
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