Raphael
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今日、サンフランシスコでスペインと、音楽とかをソーシャルしなかったの?
私たちサンリオは創業から4
と、インマクラタが思ってるの。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「インマクラタ」が書きました。
スポンサーサイト
アレルヤが
,わたしのいる所にあなた方は来ることができない』と彼が言うこのサンリオはどういうことなのだろう」。
とか書いてた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「サビオ君」が書きました。
大きい世界中とか住み始めたと思います

これからもその友情を育てるためのソーシャル・
コミュニケーション・
ギフト商品を表す言葉なのです

ですから、SanrioとはSaintRiver「聖なる河」
を表す言葉なのです
とか思った?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ジュスト」が書きました。
あきらが
14:3わたしは,行ってあなた方のためにサンリオを用意したら,また来て,あなた方をわたしのところに迎える。
とか書いてた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ネズミ講」が書きました。
きょうリバーで、意味するつもりだった。
リバーが運営した。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「チェナクルム」が書きました。
marikoは
13:10イエスは彼に言った,「水浴びした者は,自分の足を洗う必要があるほかは,聖母清いのだ。
とか書いてた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ジョセフ」が書きました。
こないだ、セバスチャンが
18:4それで聖母は,自分に起ころうとしていたすべての事を知っていたので,出て行って彼らに言った,「だれを探し求めているのか」。
って言ってたよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ガブリエラミスティカ」が書きました。
私たちサンリオは創業から40年以上が経ちました。
サンリオ-この社名はスペイン語のSan Rioに由来しています。Sanは地名にサンフランシスコSan FranciscoやサンディエゴSan Diegoとあるように、英語のセントSaint(St.)、日本語の「きよ聖らか」という意味であり、Rioは川沿いの街の地名にリオデジャネイロRio de JaneiroやリオグランデRio Grandeとあるように英語のリバーRiver、日本語の「河」という意味です。
ですから、SanrioとはSaint River「聖なる河」を表す言葉なのです。
私たちは「人類が最初に住み始めたと言われる河のほとりに聖らかな文化を築きたい」という気持ちでこの会社を設立し、「其処に集まる人々がお互いに思いやりを持ち、仲良く暮らせるコミュニティ(集団)を作りたい。」という願いをこめて今日まで運営し続けています。
これからもその友情を育てるためのソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品をはじめ、グリーティングカード、音楽、映像、図書、ライブエンターテイメントなどをコミュニケーションの手段として提供することにより、世界中に流れる河の水のように世界のすみずみにまで仲良しの輪、友情の輪を広げてゆきたいと思います。
1:1 はじめに言葉があり,言葉は神と共にあり,言葉は神であった。 1:2 この言葉ははじめに神と共にあった。 1:3 すべての物は彼を通して造られた。造られた物で,彼によらずに造られた物はなかった。 1:4 彼の内には命があり,命は人の光であった。 1:5 光は闇の中で輝くが,闇はそれに打ち勝たなかった。 1:6 神から遣わされた一人の人が現われた。その名はヨハネであった。 1:7 この人は証人として来た。光について証言するためであり,それはすべての人が彼を通して信じるためであった。 1:8 彼自身は光ではなく,光について証言するために遣わされた。 1:9 すべての人を啓発する真の光が世に来ようとしていた。

1:10 彼は世におり,世は彼を通して造られたのに,世は彼が分からなかった。 1:11 彼は自分の所有物のところに来たのに,彼自身の所有物であった者たちは彼を受け入れなかった。 1:12 しかし,彼を受け入れたすべての者たち,その名を信じた者たちに,彼は神の子供となる権利を与えた。 1:13 すなわち,血によらず,肉によらず,人によらず,神によって生まれた人々である。 1:14 言葉は肉となってわたしたちの間に住んだ。わたしたちはその栄光を見た。父のひとり子に属する栄光であって,恵みと真理とに満ちていた。 1:15 ヨハネは彼について証言し,叫んで言った,「この方は,『わたしの後に来る方はわたしよりまさっている。わたしより先にいたからだ』とわたしが言った方だ」。 1:16 わたしたちは皆,彼の充満の中から,恵みの上に恵みを受けた。 1:17 というのは,律法はモーセを通して与えられ,恵みと真理とはイエス・キリストを通して来たからだ。 1:18 いまだ神を見た者はいない。父の懐にいるひとり子こそ,その方を知らせたのである。 1:19 これは,ユダヤ人たちがエルサレムから祭司たちとレビ人たちを遣わして,「あなたはだれか」と尋ねさせた時の,ヨハネの証言である。

1:20 彼は告白して否まず,「わたしはキリストではない」と告白した。

1:21 彼らは彼に尋ねた,「それでは何か。あなたはエリヤか」。

彼は「そうではない」と言った。

「あなたはあの預言者か」。

彼は「違う」と答えた。

1:22 それで彼らは彼に言った,「あなたはだれか。わたしたちを遣わした人たちに答えられるように,わたしたちに答えて欲しい。あなたは自分について何と言うのか」。

1:23 彼は言った,「わたしは,預言者イザヤが言ったように,『主の道をまっすぐにせよ』と荒野で叫ぶ者の声だ」。

1:24 遣わされていた者たちはファリサイ人の出であった。 1:25 彼らは彼に尋ねた,「あなたがキリストでもエリヤでもあの預言者でもないのなら,なぜバプテスマを施すのか」。

1:26 ヨハネは彼らに答えた,「わたしは水でバプテスマを施すが,あなた方の知らない方が,あなた方の間に立っている。 1:27 わたしの後に来る方で,わたしよりも優れている。わたしはその方のサンダルのひもをほどくにも値しない」。 1:28 これらの事は,ヨルダンの向こうのベタニアで起こった。ヨハネはそこでバプテスマを施していたのである。

1:29 次の日,彼はイエスが自分の方へ来るのを見て言った,「見よ,世の罪を取り去る神の子羊だ!  1:30 この方は,『わたしの後に来る方はわたしよりも優れている。わたしより先にいたからだ』とわたしが言った方だ。 1:31 わたしはこの方を知らなかった。だが,この理由でわたしは水でバプテスマを施しに来た。すなわち,この方がイスラエルに示されるためだ」。 1:32 ヨハネは証言して言った,「わたしは,霊がハトのように天から下って,この方の上にとどまるのを見た。 1:33 わたしはこの方が分からなかった。だが,水でバプテスマを施すためにわたしを遣わされた方が,わたしに言われた,『だれでも霊が下ってその上にとどまるのを見たなら,その者が聖霊でバプテスマを施す者だ』。 1:34 わたしは見たので,この方が神の子だということを証言している」。

1:35 また,次の日,ヨハネは自分の弟子のうちの二人と共に立っていた。 1:36 彼は歩いているイエスを見つめて言った,「見よ,神の子羊だ!」  1:37 二人の弟子は彼が話すのを聞いて,イエスに従った。 1:38 イエスは振り向いて,彼らが付いて来るのを見て,彼らに言った,「あなた方は何を求めているのか」。

彼らは言った,「ラビ」(訳せば先生ということ),「どこにお泊まりですか」。

1:39 彼は彼らに言った,「来て,見なさい」。

彼らは行って,彼がどこに泊まっているかを見た。そして彼らはその日,彼のところに泊まった。それは第十時ごろであった。 1:40 ヨハネから聞いて彼に従った二人のうちの一人は,シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。 1:41 この人は最初に自分の兄弟シモンを見つけて,「わたしたちはメシアを見つけた!」と言った。(メシアとは,訳せばキリストということ。) 1:42 彼はシモンをイエスのもとに連れて行った。イエスは彼に目をとめて言った,「あなたはヨナの子シモンだ。あなたはケファと呼ばれるだろう」。(ケファとは,訳せばペトロということ。) 1:43 次の日,イエスはガリラヤに出かけることに決め,フィリポを見つけた。イエスは彼に言った,「わたしに従いなさい」。 1:44 ところでフィリポはベツサイダ,すなわちアンデレやペトロの町の生まれであった。 1:45 フィリポはナタナエルを見つけて言った,「わたしたちはモーセが律法の中に書き,預言者たちも書いた方を見つけた。すなわちヨセフの子,ナザレのイエスだ」。

1:46 ナタナエルは彼に言った,「何か良いものがナザレから出ることがあるだろうか」。

フィリポは彼に言った,「来て,見なさい」。

1:47 イエスはナタナエルが自分の方へ来るのを見て,彼についてこう言った。「見よ,本当のイスラエル人,その内に偽りのない人だ!」

1:48 ナタナエルはイエスに言った,「どうしてわたしを知っておられるのですか」。

イエスは彼に答えた,「フィリポがあなたを呼ぶ前に,あなたがイチジクの木の下にいた時,わたしはあなたを見た」。

1:49 ナタナエルはイエスに答えた, 「ラビ,あなたは神の子です! あなたはイスラエルの王です!」

1:50 イエスは彼に答えた,「『あなたがイチジクの木の下にいるのを見た』と,わたしが告げたので信じるのか。あなたはこれより大きな事を見るだろう」。 1:51 彼に言った,「本当にはっきりとあなたに言う。これから先,あなた方は天が開けて,神のみ使いたちが人の子の上に上り下りするのを見るだろう」。

2:1 それから三日目に,ガリラヤのカナで結婚式があった。イエスの母はそこにいた。 2:2 イエスも弟子たちと共にその結婚式に招かれていた。 2:3 ブドウ酒がなくなった時,イエスの母は彼に言った,「彼らにはブドウ酒がありません」。

2:4 イエスは彼女に言った,「女よ,あなたはわたしとどんな関係があるのですか。わたしの時はまだ来ていません」。

2:5 彼の母は使用人たちに言った,「この人が言うことは何でもしてください」。 2:6 さて,そこには,ユダヤ人の清めの習慣のために石の水がめが六つあった。それぞれ二から三メトレテス入りであった。 2:7 イエスは彼らに言った,「水がめを水で満たしなさい」。彼らは水がめを口まで満たした。 2:8 彼は彼らに言った,「さあ,少しくんで,宴会の幹事のところに持って行きなさい」。そこで彼らはそれを持って行った。 2:9 宴会の幹事は今ではブドウ酒になった水を味わった。彼はそれがどこから来たのか知らなかった。(もっとも,水をくんだ使用人たちは知っていた。)その時,宴会の幹事は花婿を呼んで 2:10 こう言った。「だれでも,初めに良いブドウ酒を出して,それから客が自由に飲んでいる時に,より悪いブドウ酒を出すものだ。あなたは今まで良いブドウ酒を取って置いたのだな」。 2:11 イエスはこの最初のしるしをガリラヤのカナで行なって,自分の栄光を示した。それで,弟子たちは彼を信じた。

2:12 こののち,彼とその母,兄弟たち,および弟子たちはカペルナウムに下って行き,彼らはそこに何日か滞在した。 2:13 ユダヤ人の過ぎ越しが近づいていたので,イエスはエルサレムに上って行った。 2:14 彼は神殿で牛や羊やハトを売る者たち,また,座っている両替人たちを目にした。 2:15 彼は縄でむちを作り,羊や牛をすべて神殿から追い出した。両替屋の通貨をまき散らし,彼らの台をひっくり返した。 2:16 ハトを売る者たちに言った,「これらの物をここから持って行け! わたしの父の家を市場にするな!」  2:17 弟子たちは,「あなたの家に対する熱心がわたしを食い尽くす」と書いてあることを思い出した。

2:18 それでユダヤ人たちは彼に答えた,「こんな事をするからには,どんなしるしを見せてくれるのか」。

2:19 イエスは彼らに答えた,「この神殿を壊してみなさい。わたしは三日でそれを建て直そう」。

2:20 それでユダヤ人たちは言った,「この神殿は四十六年かかって建てられたのに,あなたはそれを三日で建て直すと言うのか」。 2:21 しかし,彼は自分の体という神殿について話していた。 2:22 それで,彼が死んだ者たちの中から生き返らされたのち,弟子たちは彼がこのように言っていたのを思い出した。そして,聖書とイエスの語った言葉とを信じた。

2:23 さて,彼が過ぎ越しの際,祭りの間にエルサレムにいた間,大勢の人が,彼の行なっていたしるしを見て,その名を信じた。 2:24 しかし,イエスは自分を彼らに託すことはしなかった。すべての人を知っていたからであり, 2:25 人に関して証言する者を必要としなかったからである。自分で,人の内にある物を知っていたからである。

3:1 さて,ユダヤ人の支配者で,ニコデモという名のファリサイ人に属する人がいた。 3:2 この人が,夜,彼のもとに来て,彼に言った。「ラビ,わたしたちはあなたが神のもとから来た教師だということを知っています。神が共におられなければ,あなたのなさるこのようなしるしを行なうことはだれにもできないからです」。

3:3 イエスは彼に答えた,「本当にはっきりとあなたに告げる。人は再び生まれなければ,神の王国を見ることはできない」。

3:4 ニコデモはイエスに言った,「人は年老いてから,どうして生まれることができるのですか。自分の母の胎にもう一度入って生まれることなどできないではありませんか」。

3:5 イエスは答えた,「本当にはっきりとあなたに告げる。人は水と霊から生まれなければ,神の王国に入ることはできない。 3:6 肉から生まれた物は肉だが,霊から生まれた物は霊だ。 3:7 『あなた方はみな再び生まれなければならない』と言ったことで,驚き怪しんではいけない。 3:8 風はその望むところに吹く。あなたはその音は聞こえるが,それがどこから来てどこへ行くのかを知らない。霊から生まれる者もみな,そのようだ」。

3:9 ニコデモはイエスに答えた,「どうしてそのようなことがあり得るのでしょうか」。

3:10 イエスは彼に答えた,「あなたはイスラエルの教師でありながら,こうしたことが理解できないのか。 3:11 本当にはっきりとあなたに告げる。わたしたちは自分たちが知っていることを話し,自分が見たことを証言する。だが,あなた方はわたしたちの証言を受け入れない。 3:12 わたしが地上の事柄を告げてもあなた方は信じない。わたしが天上の事柄について言うならば,あなた方はどうして信じるだろうか。 3:13 天から下ってきた者,すなわち天にいる人の子のほかには,だれも天に上った者はいない。 3:14 ちょうどモーセが荒野で蛇を挙げたように,人の子も挙げられなければならない。 3:15 それは,彼を信じる者がみな滅びることなく,永遠の命を持つためだ。 3:16 神はご自分のひとり子を与えるほどに世を愛されたからだ。それは,彼を信じる者がみな滅びることなく,永遠の命を持つためだ。 3:17 神がご自分の子を世に遣わしたのは,世を裁くためではなく,世が彼を通して救われるためだからだ。 3:18 彼を信じる者は裁かれない。彼を信じない者はすでに裁かれている。神のひとり子の名を信じていないからだ。 3:19 光が世に来ているのに,その業が悪いために,人々が光より闇を愛したことがその裁きだ。 3:20 悪を行なう者はみな,光を憎んで,光の方に来ないからだ。その業が明るみに出ないようにするためだ。 3:21 しかし,真実を行なう者は光の方へ来る。神にあってなされて来たその業が示されるためだ」。

3:22 こうした事ののち,イエスは弟子たちと共にユダヤの地へ行き,そこで彼らと共に滞在し,バプテスマを施していた。 3:23 ヨハネもサリムの近くのイノンでバプテスマを施していた。そこには水が多かったからである。人々は来て,バプテスマを受けていた。 3:24 ヨハネはまだ投獄されていなかったからである。 3:25 そこで,ヨハネの弟子たちの一部と何人かのユダヤ人たちとの間で,清めに関する論争が起こった。 3:26 彼らは,ヨハネのところに来て,彼に言った。「ラビ,ヨルダンの向こうであなたと共にいた人,あなたが証言なさった人が,見てください,その人がバプテスマを施していて,みんなが彼のもとに来ています」。

3:27 ヨハネは答えた,「人は,天から与えられているのでなければ,何も受けることはできない。 3:28 『わたしはキリストではない』が『わたしはその方より先に遣わされた』とわたしが言ったことを,あなた方自身が証言できる。 3:29 花嫁を持つ者は花婿だ。立って彼の声を聞く花婿の友人は,彼の声のために大いに喜ぶ。だから,わたしの喜びは満たされている。 3:30 あの方は増し加わり,わたしは減らなければならない。 3:31 上から来る方はすべての者の上におられる。地からの者は地に属し,地のことを話す。天から来る方はすべての者の上におられる。 3:32 その方は自分が見聞きしたことを証言されるが,だれもその証言を受け入れない。 3:33 その証言を受け入れた者は,神が真実な方だということに自分の証印を押したのだ。 3:34 神が遣わされた方は神の言葉を話されるからであり,神は霊を量って与えたりはされないからだ。 3:35 父はみ子を愛しておられ,その方の手にすべての物を与えられた。 3:36 み子を信じる者は永遠の命を得るが,み子に背く者は命を見ず,神の憤りがその上にとどまるのだ」。

4:1 そのため,イエスがヨハネより多くの弟子を作ってバプテスマを施していることがファリサイ人たちの耳に入ったことを主が知ったとき 4:2 (イエス自身がバプテスマを施すことはせず,弟子たちがそうしていたのだが), 4:3 彼はユダヤを去り,ガリラヤに向けて出発した。 4:4 しかし,サマリアを通り抜けなければならなかった。 4:5 そこで,ヤコブがその子ヨセフに与えた一区画の土地の近くにある,シカルと呼ばれるサマリアの町に来た。 4:6 ヤコブの井戸はここにあった。それでイエスは,旅のために疲れていたので,井戸のそばに座った。第六時ごろであった。 4:7 一人のサマリアの女が水をくみに来た。イエスは彼女に言った,「飲み水をくれないか」。 4:8 弟子たちは食物を買いに町へ行っていたからである。

4:9 それでサマリアの女は彼に言った,「ユダヤ人のあなたが,サマリア人の女のわたしから飲み水をお求めになるのはどうしてですか」。(ユダヤ人はサマリア人と商取り引きをしないからである。)

4:10 イエスは彼女に答えた,「あなたが神の贈り物と,『飲み水をくれないか』と言った者がだれなのかを知っていたなら,あなたは彼に求め,彼はあなたに命の水を与えたことだろう」。

4:11 女は彼に言った,「だんな様,あなたはくむ物をお持ちでなく,この井戸は深いのです。それで,あなたはその生きた水をどこから手に入れられるのですか。 4:12 あなたは,わたしたちの父祖ヤコブよりも偉大なのですか。彼はわたしたちにこの井戸を与え,子供や牛がしたように自らもここから飲んだのです」。

4:13 イエスは彼女に答えた,「この水を飲む者はみな再び渇く。 4:14 だが,わたしが与える水を飲む者はだれでも,決して渇くことがない。そして,わたしが与える水はその人の内で,永遠の命へとわき出る水の井戸となるだろう」。

4:15 女は彼に言った,「だんな様,わたしにその水を下さい。わたしが渇くことがなく,ここにずっと水をくみに来なくてもよいようにするためです」。

4:16 イエスは彼女に言った,「あなたの夫を呼びに行って,ここに戻って来なさい」。

4:17 女は答えた,「わたしには夫がありません」。

イエスは彼女に言った,「『わたしには夫がない』とはよく言った。 4:18 あなたには五人の夫がいたが,今一緒にいる者は夫ではないからだ。それをあなたは正しく言った」。

4:19 女は彼に言った,「だんな様,わたしはあなたが預言者だということが分かります。 4:20 わたしたちの父祖たちはこの山で崇拝しましたが,あなた方ユダヤ人は,人々が崇拝すべき場所はエルサレムにあると言います」。

4:21 イエスは彼女に言った,「女よ,わたしの言うことを信じなさい。あなた方がこの山でもエルサレムでもないところで,父を崇拝する時が来る。 4:22 あなた方は自分たちの知らないものを崇拝している。わたしたちは自分たちが知っているものを崇拝している。救いはユダヤ人から出るからだ。 4:23 だが,真の崇拝者が霊と真理をもって父を崇拝する時が来ている。今がその時だ。父はそのような人々を,ご自分の崇拝者になるために求めておられるからだ。 4:24 神は霊であられるので,その方を崇拝する人々は,霊と真理をもって崇拝しなければならない」。

4:25 女は彼に言った,「わたしはメシアが来られることを知っています」(メシアはキリストと呼ばれる)。「その方が来られるときに,わたしたちにすべての事柄を知らせてくださるでしょう」。

4:26 イエスは彼女に言った,「あなたに話しているわたしがその者だ」。 4:27 その時,弟子たちが戻って来た。彼らは,彼が女と話していることで驚き怪しんだ。しかし,「何を求めておられるのですか」とか,「なぜ彼女と話しておられるのですか」などと言う者はいなかった。 4:28 そこで,女は水がめを置いて,町に去って行き,人々に言った, 4:29 「来て,わたしのしたことを何もかも告げた人を見てください。この人がキリストではないでしょうか」。

4:30 そこで彼らは町から出て,彼のもとへやって来た。 4:31 その間に,弟子たちは「ラビ,召し上がってください」と言って,彼を促していた。

4:32 しかし彼は彼らに言った,「わたしには,あなた方の知らない,食べるべき食物がある」。

4:33 それで弟子たちは互いに言い合った,「だれかが彼に食べる物を持って来たのだろうか」。

4:34 イエスは彼らに言った,「わたしの食物とは,わたしを遣わした方のご意志を行ない,そのみ業を成し遂げることだ。 4:35 あなた方は,『収穫までまだ四か月ある』と言うではないか。見よ,あなた方に言う。目を上げて,畑を見なさい。すでに収穫を待って白くなっている。 4:36 刈り取る者は報酬を受け取って,永遠の命に至る実を集めている。種をまく者と刈り取る者とが共に喜ぶためだ。 4:37 このことにおいて,『一人はまき,もう一人は刈り取る』ということわざは真実なのだ。 4:38 わたしは,自分たちが労苦しなかったものを刈り取らせるために,あなた方を遣わした。ほかの人たちが労苦したのであり,あなた方は彼らの労苦の実にあずかっているのだ」。

4:39 その町から来た大勢のサマリア人が,「この方はわたしのしたことを何もかも告げた」と証言した女のその言葉のゆえに,彼を信じた。 4:40 そこでサマリア人たちは彼のもとにやって来ると,自分たちのところに滞在してくれるよう頼んだ。彼はそこに二日滞在した。 4:41 彼の言葉のゆえに,さらに多くの人が信じた。 4:42 彼らは女に言った,「わたしたちは,もはやあなたの話のゆえに信じるのではない。自分で聞いて,この方こそ確かにキリスト,世の救い主だと知ったからだ」。

4:43 二日後,彼はそこから出発してガリラヤに入った。 4:44 イエス自身が,預言者は自分の故郷では誉れを得ないと証言したからである。 4:45 そこでガリラヤに来ると,ガリラヤの人たちは彼を受け入れた。彼らも祭りに行ったので,彼が祭りの際にエルサレムで行なわれたすべての事柄を見ていたのである。 4:46 それでイエスは再びガリラヤのカナに行った。水をブドウ酒に変えた所である。カペルナウムにある貴族がいて,その息子が病気であった。 4:47 イエスがユダヤからガリラヤに出て来たことを聞くと,彼はそのもとに行き,下って来て自分の息子をいやしてくれるように頼んだ。その息子が死にそうだったからである。 4:48 それでイエスは彼に言った,「あなた方は,しるしや不思議を見なければ,決して信じないだろう」。

4:49 その貴族はイエスに言った,「主よ,わたしの子供が死ぬ前に下っていらしてください」。 4:50 イエスは彼に言った,「帰りなさい。あなたの息子は生きる」。その人は,イエスが自分に話した言葉を信じて,帰って行った。 4:51 さて,下って行くと,その召使いたちが出迎えて報告し,「お子さんは生きています」と言った。 4:52 そこで彼は,子供が良くなり始めた時刻を彼らに尋ねた。それで彼らは,「昨日の第七時に熱が引きました」と言った。 4:53 それで父親は,それが,「あなたの息子は生きる」とイエスが言ったその時刻であったことを知った。そこで,彼もその家の者たち全員も信じた。 4:54 これはまた,イエスがユダヤからガリラヤに出て来て行なわれた二番目のしるしである。

5:1 こうした事ののち,ユダヤ人の祭りがあって,イエスはエルサレムに上った。 5:2 さて,エルサレムには,羊門のそばに,ヘブライ語で「ベテスダ」と呼ばれる,五つの回廊のある池がある。 5:3 そこには,水の動くのを待って,病気の人,目の見えない人,足の不自由な人,体のまひした人からなる大群衆が横たわっていた。 5:4 というのは,主のみ使いが時々池に下りて来て,水をかき乱すからであった。水がかき乱された後で最初に入る者はだれでも,どんな病気にかかっていても健康にされたのである。 5:5 そこにある人がいたが,彼は三十八年の間,病気であった。 5:6 イエスは,その人がそこに横たわっているのを目にし,彼が長い間病気であったことを知ると,「良くなりたいか」と彼に言った。

5:7 病気の人は答えた,「だんな様,わたしには水がかき乱される時,池に入れてくれる人がいません。そして,わたしが行っている間に,ほかの人が先に降りてしまうのです」。

5:8 イエスは彼に言った,「起き上がって,寝床を取り上げて歩きなさい」。

5:9 すぐにその人は良くなり,寝床を取り上げて歩いた。ところで,その日は安息日であった。 5:10 そこでユダヤ人たちはいやされた人に言った,「今日は安息日だ。寝床を運ぶことは許されていない」。

5:11 彼は彼らに答えた,「わたしを良くしてくれたその方が,『寝床を取り上げて歩きなさい』と言ったのです」。

5:12 彼らは彼に尋ねた,「あなたに『寝床を取り上げて歩きなさい』と言ったのはだれか」。

5:13 しかし,いやされた人はそれがだれなのか知らなかった。その場所には群衆がおり,イエスは退いたからである。

5:14 そののち,イエスは神殿で彼を見つけて,こう言った。「ご覧,あなたは良くなった。もう罪を犯してはいけない。もっと悪いことが起きないために」。

5:15 その人は立ち去って,自分を良くしたのはイエスだということをユダヤ人たちに告げた。 5:16 この理由のために,ユダヤ人たちはイエスを迫害して,彼を殺そうとした。彼が安息日にこれらの事をしたためであった。 5:17 しかしイエスは彼らに言った,「わたしの父は今なお働いておられる。だから,わたしも働くのだ」。 5:18 この理由のために,ユダヤ人たちはいよいよ彼を殺そうとした。安息日を破っただけでなく,神を自分の父と呼んで,自分を神と等しい者としたという理由であった。 5:19 それでイエスは彼らに答えた,「本当にはっきりとあなた方に言う。子は自分からは何も行なうことができず,ただ父がなさるのを見たことだけを行なうことができるのだ。父がなさることは何でも,子も同じように行なうからだ。 5:20 というのは,父は子に愛情を抱いておられ,ご自分のなさることをみな彼にお見せになるからだ。あなた方が驚嘆するために,これより大きな業を彼にお見せになるだろう。 5:21 ちょうど父が死んだ者たちを生き返らせて命をお与えになるのと同じように,子もまた,自分の望む者に命を与えるからだ。 5:22 というのは,父はだれをも裁かず,子にすべての裁きをゆだねておられるからだ。 5:23 それは,すべての人が父を敬うのと同じように子を敬うためだ。子を敬わない者は,彼を遣わされた父を敬っていない。

5:24 「本当にはっきりとあなた方に言う。わたしの言葉を聞いて,わたしを遣わされた方を信じる者は,永遠の命を持っており,裁きに入ることなく,死から命へと進んでいる。 5:25 本当にはっきりとあなた方に言う。死んだ者たちが神の子の声を聞く時が来ている。それは今なのだ。そして,聞いた者たちは生きる。 5:26 ちょうど父がご自身の内に命を持っておられるのと同じように,子もまた自分の内に命を持つことを許された。 5:27 また,裁きを執行する権威を彼に与えられた。彼は人の子だからだ。 5:28 このことで驚嘆してはいけない。時が来ているからだ。その時には,墓の中にいる者がみな,彼の声を聞き, 5:29 善いことをした者は命の復活へ,悪いことをした者は裁きの復活へと出て来るだろう。 5:30 わたしは自分からは何も行なえない。わたしは自分が聞いたとおりに裁き,その裁きは公正だ。自分の意志ではなく,わたしを遣わした父のご意志を求めるからだ。

5:31 「わたしが自分について証言しているのなら,わたしの証言は正当ではない。 5:32 わたしについて証言される別の方がおられる。その方がわたしについて証言されるその証言が真実だということを,わたしは知っている。 5:33 あなた方はヨハネに人を遣わし,彼は真理に対して証言した。 5:34 だが,わたしが受け入れる証言は人からのものではない。それでも,あなた方が救われるためにこのことを言うのだ。 5:35 彼は燃えて輝くともし火だった。そして,あなた方はしばらくの間,彼の光のうちで喜びたいと思った。 5:36 だが,わたしにはヨハネのものより偉大な証言がある。父がわたしに成し遂げるようにゆだねられた業,わたしが行なっているまさにこの業が,わたしについて,父が遣わされたことを証言するからだ。 5:37 わたしを遣わされた父ご自身が,わたしについて証言してくださった。あなた方は一度もその方の声を聞いたことがなく,その姿を見たこともない。 5:38 あなた方は自分たちの内にとどまるその方の言葉を持っていない。その方が遣わされた者を,あなた方は信じないからだ。

5:39 「あなた方は聖書を調べている。自分たちがそれらの内に永遠の命を持っていると考えるからだ。そして,それらこそ,わたしについて証言するものなのだ。 5:40 だが,あなた方は命を得るためにわたしのところに来ようとしない。 5:41 わたしは人々からの栄光を受け入れない。 5:42 だが,あなた方が自分たちの内に神の愛を抱いていないことをわたしは知っている。 5:43 わたしは父の名において来たのに,あなた方はわたしを受け入れない。ほかの人が自分の名によって来るなら,あなた方は彼を受け入れるだろう。 5:44 互いからの栄光を受け入れて,ただ一人の神から来る栄光を求めないあなた方は,どうして信じることができようか。

5:45 「わたしがあなた方を父に訴えると思ってはいけない。あなた方を訴えるのは,あなた方が望みを置くモーセだ。 5:46 あなた方がモーセを信じたなら,わたしを信じただろう。彼はわたしについて書いたからだ。 5:47 だが,あなた方が彼の書いたことを信じないのなら,どうしてわたしの言葉を信じるだろうか」。

6:1 こうした事ののち,イエスはティベリアスの海とも呼ばれるガリラヤの海の向こう岸へ出発した。 6:2 大群衆が彼に従った。彼が病気の人に対して行なったしるしを見たからである。 6:3 イエスは山の中に上って行き,弟子たちと共にそこに座った。 6:4 ところで,ユダヤ人の過ぎ越しの祭りが近づいていた。 6:5 それで,イエスは目を上げて,大群衆が自分のもとに来ているのを見ると,フィリポに言った,「この人々に食べさせるために,どこでパンを買えるだろうか」。 6:6 イエスは彼を試すためにこのことを言った。自分が行なおうとしていることを知っていたからである。

6:7 フィリポは答えた,「みんなが少しずつ受け取るとしても,二百デナリ分のパンでも彼らのためには十分ではないでしょう」。

6:8 弟子の一人で,シモン・ペトロの兄弟アンデレが言った, 6:9 「ここに,大麦のパン五つと二匹の魚を持っている少年がいます。それでも,こんなに大勢の人の間ではいったい何になるでしょう」。

6:10 イエスは言った,「人々を座らせなさい」。ところで,その場所には草がたくさんあった。そこで人々は座った。数にして,およそ五千人であった。 6:11 イエスはパンを取り,感謝をささげてから,弟子たちに配り,弟子たちが座っている者たちに配った。魚も同じようにして,人々が望むだけ配った。 6:12 人々が満ち足りると,弟子たちに言った,「何も無駄にならないように,残された切れ端を拾い集めなさい」。 6:13 そこで彼らは拾い集め,大麦のパン五つから出た切れ端で十二のかごを一杯にした。それは,食べた人々が残したものであった。 6:14 そのため,イエスの行なったしるしを見たとき,人々は言った,「これこそ本当に,世に来ることになっている預言者だ」。 6:15 それでイエスは,人々が来て,自分を王とするために力ずくで連れて行こうとしているのに気づき,ひとりで再び山へ退いた。

6:16 夕方になった時,弟子たちは海に下りて行った。 6:17 そして彼らは舟に乗り込み,カペルナウムに向けて海を渡った。すでに暗くなっていたが,イエスは彼らのもとへ来ていなかった。 6:18 大風が吹いて,海は荒れていた。 6:19 それで,二十五ないし三十スタディアほどこいできたとき,彼らは海の上を歩いて舟に近づいて来るイエスを見た。それで彼らは恐れた。 6:20 しかし彼は彼らに言った,「わたしはある。恐れてはいけない」。 6:21 それで彼らは彼を舟の中に迎えようとした。すぐに舟は彼らが向かっていた土地に着いた。

6:22 次の日,湖の向こう岸に立っていた大群衆は,弟子たちが乗り込んだ一そうのほかにはそこに舟がなかったこと,またイエスが弟子たちと共に舟に乗ることなく,弟子たちだけで出発したことに気が付いた。 6:23 しかしながら,主が感謝をささげてから彼らがパンを食べた場所の近くの岸に,ティベリアスから数そうの舟が来た。 6:24 それで群衆は,そこにイエスも弟子たちもいないことに気が付くと,舟に乗り込み,イエスを探してカペルナウムに来た。 6:25 湖の向こう岸で彼を見つけると,彼らは尋ねた,「ラビ,いつここにおいでになったのですか」。

6:26 イエスは彼らに答えた,「本当にはっきりとあなた方に告げる。あなた方がわたしを探しているのは,しるしを見たからではなく,パンを食べて満ち足りたからだ。 6:27 滅びる食物のためではなく,永遠の命へと残る食物のために働きなさい。それは人の子があなた方に与えるものだ。神なる父が彼に証印を押されたからだ」。

6:28 それで彼らは彼に言った,「神の業を行なうために,わたしたちは何をしなければなりませんか」。

6:29 イエスは彼らに答えた,「その方が遣わされた者を信じること,これが神の業だ」。

6:30 それで彼らは彼に言った,「わたしたちがそれを見てあなたを信じることができるよう,どんなしるしを行なわれるのですか。あなたはどんな業を行なってくださいますか。 6:31 わたしたちの父祖たちは荒野でマンナを食べました。『天からパンを与えて彼らに食べさせた』と書いてあるとおりです」。

6:32 それでイエスは彼らに言った,「本当にはっきりとあなた方に告げる。あなた方に天からのパンを与えたのはモーセではない。だが,わたしの父はあなた方に天からの真のパンを与えておられる。 6:33 神のパンは,天から下って来て世に命を与えるものだからだ」。

6:34 それで彼らは彼に言った,「主よ,このパンをいつもわたしたちにお与えください」。

6:35 イエスは彼らに言った,「わたしがその命のパンだ。わたしのところに来る者は決して飢えることがなく,わたしを信じる者は決して渇くことがない。 6:36 だが,わたしはあなた方に告げた。あなた方はわたしを見たのに信じないと。 6:37 父がわたしにお与えになる者はみな,わたしのところに来る。わたしのところに来た者を,わたしは決して追い払わない。 6:38 わたしが天から下って来たのは,自分の意志ではなく,わたしを遣わした方のご意志を行なうためだからだ。 6:39 わたしを遣わしたわたしの父のご意志とは,その方がわたしに与えられたすべての者をわたしが一人も失わずに,終わりの日にその者を生き返らせることだ。 6:40 わたしを遣わした方のご意志とは,子を見て信じる者がみな永遠の命を持ち,わたしが終わりの日に彼らすべてを生き返らせることだ」。

6:41 それでユダヤ人たちは,彼が「わたしが天から下って来たパンだ」と言ったことで,彼に関してつぶやいた。 6:42 彼らは言った,「このイエスはヨセフの子であり,我々はその父と母を知っているではないか。それならどうして『わたしは天から下って来た』と言うのだろう」。

6:43 それでイエスは彼らに答えた,「互いにつぶやくのはやめなさい。 6:44 わたしを遣わした父が引き寄せてくださるのでなければ,だれもわたしのところに来ることはできない。そして,わたしは終わりの日にその人を生き返らせる。 6:45 預言者たちの中に,『彼らはみな神によって教えられるだろう』と書いてある。それで,父から聞いて学んだ者はみなわたしのところへ来る。 6:46 神からの者のほかには,だれも父を見た者はいない。その者が父を見たのだ。 6:47 本当にはっきりとあなた方に告げる。わたしを信じる者は永遠の命を持っている。 6:48 わたしは命のパンだ。 6:49 あなた方の父祖たちは荒野でマンナを食べたが,死んでしまった。 6:50 これは,だれでもそれから食べてなお死なないようにするために,天から下って来るパンだ。 6:51 わたしは天から下って来た生きたパンだ。だれでもこのパンから食べる者は永遠に生きる。そう,世の命のためにわたしが与えるパンは,わたしの肉だ」。

6:52 それでユダヤ人たちは互いに論じ合って言った,「この人はどうやって自分の肉を与えて我々に食べさせることができるのか」。

6:53 それでイエスは彼らに言った,「本当にはっきりとあなた方に告げる。人の子の肉を食べ,その血を飲まないなら,あなた方は自分の内に命を持っていない。 6:54 わたしの肉を食べ,わたしの血を飲む者は永遠の命を持っている。そして,わたしはその者を終わりの日に生き返らせる。 6:55 わたしの肉は本当の食物であり,わたしの血は本当の飲み物だからだ。 6:56 わたしの肉を食べ,わたしの血を飲む者はわたしの内にとどまっており,わたしも彼の内にとどまっている。 6:57 生ける父がわたしを遣わされ,わたしが父によって生きているのと同じように,わたしを食物とする者はわたしによって生きる。 6:58 これは天から下って来たパンだ。これは,わたしたちの父祖たちが食べても死んだようなものではない。このパンを食べる者は永遠に生きる」。 6:59 カペルナウムで教えていた際,彼は会堂でこれらの事を言った。

6:60 それで大勢の弟子たちは,この事を聞いて,こう言った。「わけが分からない。だれがこれを聞いていられようか」。

6:61 しかしイエスは,弟子たちがこのことでつぶやいているのを自分の内で知っていて,彼らに言った,「このことがあなた方をつまずかせるのか。 6:62 それなら,自分が以前いた所へ上って行く人の子を見たならどうだろう。 6:63 命を与えるものは霊だ。肉は少しも益にならない。わたしがあなた方に語った言葉は霊であり,命だ。 6:64 だが,あなた方のうちのある者は信じていない」。というのは,イエスは,信じていない者,また自分を売り渡す者を,はじめから知っていたからである。 6:65 彼は言った,「この理由のために,わたしはあなた方に,父が与えてくださったのでなければ,だれもわたしのところに来ることはできないと言ったのだ」。

6:66 このために,大勢の弟子たちが戻って行き,もはや彼と共に歩かなかった。 6:67 それでイエスは十二人に言った,「あなた方も去って行こうと思っているわけではないだろう」。

6:68 シモン・ペトロが彼に答えた,「主よ,わたしたちはだれのところへ行きましょう。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。 6:69 わたしたちは,あなたがキリスト,生ける神の子だということを,信じ,知るようになりました」。

6:70 イエスは彼らに答えた,「わたしがあなた方十二人を選んだのではないか。だが,あなた方のうちの一人は悪魔だ」。 6:71 ところで,彼はシモン・イスカリオトの子ユダに関して話したのであった。十二人の一人でありながら,彼を売り渡そうとしていたからである。

7:1 こうした事ののち,イエスはガリラヤで歩いていた。ユダヤ人たちが彼を殺そうとしていたので,ユダヤで歩こうとはしなかったからである。 7:2 さて,ユダヤ人の仮小屋の祭りが近づいていた。 7:3 それでその兄弟たちは彼に言った,「ここを去ってユダヤに行きなさい。あなたの行なう業を弟子たちも見ることができるようにするためだ。 7:4 物事をこっそりと行ないながら,自分が公に知られることを求める者はいないからだ。こうした事柄を行なっているのなら,自分を世に示しなさい」。 7:5 というのは,その兄弟たちでさえ彼を信じていなかったからである。

7:6 それでイエスは彼らに言った,「わたしの時はまだ来ていないが,あなた方の時はいつでも用意ができている。 7:7 世はあなた方を憎むことはできないが,わたしを憎む。わたしが世について,その業が悪いことを証言するからだ。 7:8 あなた方は祭りに上って行くがよい。わたしはまだこの祭りに上って行かない。わたしの時はまだ満ちていないからだ」。

7:9 彼らにこうした事柄を言って,彼はガリラヤにとどまった。 7:10 しかし,その兄弟たちが祭りに上って行ってから,彼自身も,おおっぴらにではなくひそかに上って行った。 7:11 そこでユダヤ人たちは祭りで彼を探して,「彼はどこだ」と言った。 7:12 群衆の間では彼に関するささやきが多くあった。ある者は「彼は善い人だ」と言った。他の者たちは「そうではない。彼は群衆を惑わしているのだ」と言っていた。 7:13 それでも,ユダヤ人たちへの恐れのために,彼についておおっぴらに話す者はいなかった。 7:14 しかし,すでに祭りの半ばになった時,イエスは神殿に上って来て教えた。 7:15 それでユダヤ人たちは驚嘆して言った,「この人は教育されたことがないのに,どうして文字を知っているのか」。

7:16 それでイエスは彼らに答えた,「わたしの教えはわたしのものではなく,わたしを遣わされた方のものだ。 7:17 だれでもその方のご意志を行ないたいと思うなら,わたしの教えについて,それが神からのものなのか,それともわたしが自分から話しているのかが分かるはずだ。 7:18 自分から話す者は自分の栄光を求める。しかし,自分を遣わした方の栄光を求める者は真実な者であって,その人の内には不正がない。 7:19 モーセはあなた方に律法を与えなかっただろうか。それなのに,あなた方のうちのだれも律法を守っていない。あなた方はなぜわたしを殺そうとしているのか」。

7:20 群衆は答えた,「あなたは悪魔に取りつかれている! だれがあなたを殺そうとしているのか」。

7:21 イエスは彼らに答えた,「わたしが一つの業を行なうと,あなた方はみなそれによって驚嘆する。 7:22 モーセはあなた方に割礼を与えた(モーセからではなく,父祖たちからなのだが)。それで,あなた方は安息日にも男の子に割礼を施している。 7:23 モーセの律法を破らないようにするため,男の子は安息日に割礼を受けるというのに,安息日に人の全身をいやしたからといってわたしに対して腹を立てるのか。 7:24 うわべによって裁かずに,公正な裁きで裁きなさい」。

7:25 それでエルサレムの住民の何人かが言った,「これは彼らが殺そうとしている人ではないか。 7:26 見よ,彼がおおっぴらに話しているのに,彼らはこの人に何も言わない。支配者たちはこの人が本当にキリストだと確かに分かったのだろうか。 7:27 だが,我々はこの人がどこから来たかを知っている。キリストが来られる時には,彼がどこから来たのかだれも知らないはずだ」。

7:28 それでイエスは,神殿で大声を上げ,教えて言った,「あなた方はわたしを知っており,わたしがどこから来たかを知っている。わたしは自分の考えで来たのではなく,わたしを遣わされた方は真実な方だ。あなた方はその方を知っていない。 7:29 わたしはその方を知っている。わたしはその方のもとから来ており,その方がわたしを遣わされたからだ」。

7:30 そのため,彼らは彼を捕まえようとした。しかし,だれも彼に手をかけるものはいなかった。彼の時はまだ来ていなかったからである。 7:31 しかし,群衆の多くが彼を信じた。彼らは言った,「キリストが来られる時にも,この人がしたよりも多くのしるしは行なわないのではないだろうか」。 7:32 ファリサイ人たちは,群衆が彼に関してこれらの事をささやいているのを聞いた。それで,祭司長たちとファリサイ人たちは,彼を逮捕するために役人たちを遣わした。

7:33 するとイエスは言った,「ほんの少しの間,わたしはあなた方と共にいる。それから,わたしを遣わした方のもとへ行く。 7:34 あなた方はわたしを探すが,見つけることができない。そして,わたしのいる所にあなた方は来ることができない」。

7:35 それでユダヤ人たちは互いに言い合った,「我々の見つけることができないとは,いったいどこに行こうとしているのだろう。ギリシャ人の間の離散者のところに行って,ギリシャ人に教えようとしているのだろうか。 7:36 『あなた方はわたしを探すが,見つけることができない。そして,わたしのいる所にあなた方は来ることができない』と彼が言うこの言葉はどういうことなのだろう」。

7:37 さて,祭りの大いなる最後の日に,イエスは立ち上がり,叫んで言った,「だれでも渇く者がいれば,わたしのところに来て飲むように。 7:38 わたしを信じる者は,聖書が述べているとおり,その人の内から生きた水の流れが流れ出るだろう」。 7:39 しかし,彼は,自分を信じる者たちが受けようとしていた霊について言ったのである。というのは,聖霊がまだ与えられていなかったからであり,それはイエスがまだ栄光を受けていなかったからであった。

7:40 それで,群衆の多くはこれらの言葉を聞いた時,「この人は本当にあの預言者だ」と言った。 7:41 ほかの者たちは「この人はキリストだ」と言った。しかし,ある者たちは言った,「まさかキリストがガリラヤから出るだろうか。 7:42 聖書は,キリストがダビデの子孫から,またダビデのいた村ベツレヘムから出ると述べていないだろうか」。 7:43 そこで,彼のために群衆の中で分裂が生じた。 7:44 彼らのうち何人かは彼を逮捕したいと思ったが,彼に手をかける者はいなかった。 7:45 それで役人たちは,祭司長たちとファリサイ人たちのところへ戻ってきた。すると彼らは役人たちに言った,「なぜ彼を連れて来なかったのか」。

7:46 役人たちは答えた,「あの人のように話した人はいまだかつてありません」。

7:47 それでファリサイ人たちは彼らに答えた,「あなた方も惑わされてしまったわけではあるまい。 7:48 支配者たちやファリサイ人たちの中に,彼を信じた者がいるだろうか。 7:49 だが,律法を知らないこの群衆はのろわれているのだ」。

7:50 ニコデモ(彼らの一員で,夜に彼のもとに来た者)が彼らに言った, 7:51 「我々の律法は,まずその人から聞いて,その人が何をしているかを知っていなければ,人を裁くだろうか」。

7:52 彼らは彼に答えた,「あなたもガリラヤの出身なのか。調べてみよ。預言者がガリラヤからは生じないことが分かるだろう」。

7:53 みんなは自分の家に帰った。 8:1 しかしイエスはオリーブ山に行った。 8:2 さて,朝早く,彼は再び神殿の中に来た。そして人々はみな彼のもとに来た。彼は座って彼らを教えた。 8:3 律法学者たちとファリサイ人たちが,姦淫《かんいん》の最中に捕まった女を連れて来た。彼女を中央に立たせて, 8:4 彼に告げた,「先生,わたしたちはこの女を姦淫《かんいん》の真っ最中に見つけました。 8:5 さて,わたしたちの律法の中で,このような者は石打ちにするよう,モーセはわたしたちに命令しました。あなたは彼女について何と言いますか」。 8:6 彼らは彼を試して,訴える口実を得るために,このことを言ったのである。

しかしイエスは身をかがめ,指で地面に何か書いていた。 8:7 それでも彼らがしつこく尋ねると,目を上げて彼らに言った,「あなた方の間で罪のない者が,この女に向かって最初に石を投げなさい」。 8:8 再び身をかがめ,指で地面に何か書いていた。

8:9 これを聞くと彼らは良心に責められ,年長者から始めて最後の者まで,一人また一人と出て行った。イエスがひとり,真ん中にいる女と共に残された。 8:10 イエスは立ち上がり,彼女を見て言った,「女よ,あなたの告訴人はどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか」。

8:11 彼女は言った,「だれも,主よ」。

イエスは言った,「わたしもあなたを罪に定めない。帰りなさい。今からは,もう罪を犯してはならない」。

8:12 それでイエスは再び彼らに話して言った,「わたしは世の光だ。わたしに従う者は闇の中を歩くことがなく,命の光を持つことになる」。

8:13 それでファリサイ人たちは彼に言った,「あなたは自分について証言している。あなたの証言は正当ではない」。

8:14 イエスは彼らに答えた,「たとえわたしが自分について証言するとしても,わたしの証言は真実だ。自分がどこから来たか,そしてどこへ行こうとしているかを知っているからだ。しかしあなた方はわたしがどこから来たか,またどこへ行こうとしているかを知らない。 8:15 あなた方はうわべで裁く。わたしはだれをも裁かない。 8:16 しかし,わたしが裁くとしても,わたしの裁きは正しい。わたしはひとりではなく,わたしを遣わされた父と共にいるからだ。 8:17 あなた方の律法に,二人の人の証言は正当だと書いてあるとおりだ。 8:18 わたしは自分について証言し,わたしを遣わされた父もわたしについて証言してくださる」。

8:19 それで彼らは彼に言った,「あなたの父はどこにいるのか」。

イエスは答えた,「あなた方はわたしもわたしの父も知っていない。もしあなた方がわたしを知っていたなら,わたしの父をも知っていただろう」。 8:20 神殿の中で教えていた際,宝物殿の中で,イエスはこれらの言葉を語った。それでも,彼を逮捕する者はいなかった。彼の時がまだ来ていなかったからである。 8:21 それでイエスは再び彼らに言った,「わたしは去って行こうとしている。そしてあなた方はわたしを探すが,自分の罪のうちに死ぬだろう。わたしが行く所に,あなた方は来ることができない」。

8:22 それでユダヤ人たちは言った,「彼は自殺するつもりなのだろうか。『わたしが行く所に,あなた方は来ることができない』と言うのだから」。

8:23 彼は彼らに答えた,「あなた方は下からの者だが,わたしは上からの者だ。あなた方はこの世からの者だが,わたしはこの世からの者ではない。 8:24 そのためわたしは,あなた方は自分の罪のうちに死ぬだろうと言った。わたしがその者だと信じない限り,あなた方は自分の罪のうちに死ぬからだ」。

8:25 それで彼らは彼に言った,「あなたはだれなのか」。

イエスは彼らに答えた,「まさしくわたしがはじめからあなた方に言っているものだ。 8:26 わたしには,あなた方に関して言うべき,また裁くべき事柄がたくさんある。だが,わたしを遣わされた父は真実な方であり,わたしはその方から聞いた事柄を世に対して話すのだ」。

8:27 彼らは,彼が父について話していることを理解しなかった。 8:28 それでイエスは彼らに言った,「あなた方は,人の子を挙げると,その時,わたしがその者であること,また,わたしが自分からは何も行なうことができず,父が教えてくださったとおりにそれらの事柄を話すことを知るだろう。 8:29 わたしを遣わされた方はわたしと共におられる。父はわたしをひとりで残してはおかれない。わたしはいつでもその方の喜ばれる事を行なうからだ」。

8:30 彼がこれらの事柄を話していた際,多くの人が彼を信じた。 8:31 それでイエスは,自分を信じたそれらのユダヤ人たちに言った,「あなた方がわたしの言葉にとどまるなら,あなた方は本当にわたしの弟子だ。 8:32 あなた方は真理を知り,真理はあなた方を自由にするだろう」。

8:33 彼らは彼に答えた,「わたしたちはアブラハムの子孫であり,だれかの奴隷になったことなど決してない。『あなた方は自由にされる』と言うのはどうしてか」。

8:34 イエスは彼らに答えた,「本当にはっきりとあなた方に告げる。罪を犯す者はみな罪の奴隷だ。 8:35 奴隷はいつまでも家に住みはしない。しかし子はいつまでもとどまる。 8:36 もし子があなた方を自由にするなら,あなた方は本当に自由になるのだ。 8:37 わたしはあなた方がアブラハムの子孫であることを知っている。だが,あなた方はわたしを殺そうとしている。わたしの言葉があなた方の内に場所を見いだせないからだ。 8:38 わたしは自分の父のもとで見てきた事柄を話している。あなた方も自分たちの父のところで見てきた事柄を行なっている」。

8:39 彼らは彼に答えた,「我々の父はアブラハムだ」。

イエスは彼らに言った,「もしあなた方がアブラハムの子供であったなら,あなた方はアブラハムの業を行なうだろう。 8:40 ところが今,あなた方はわたしを,自分が神から聞いた真理を告げる者を殺そうとしている。アブラハムはこのようなことをしなかった。 8:41 あなた方は自分たちの父の業を行なっているのだ」。

彼らは彼に言った,「我々は淫《いん》行によって生まれたのではない。我々にはただ一人の父,神がおられる」。

8:42 それでイエスは彼らに言った,「もし神があなた方の父であったなら,あなた方はわたしを愛するだろう。わたしは神のもとから出て来て,ここにいるからだ。わたしは自分の考えで来たのではなく,その方がわたしを遣わされたのだ。 8:43 あなた方がわたしの話すことを理解しないのはなぜなのか。それはあなた方がわたしの言葉を聞くことができないからだ。 8:44 あなた方は自分たちの父,悪魔からの者であり,自分たちの父の欲望を行ないたいと思っている。彼ははじめからの人殺しであって,真理の内に立たない。彼の内には真理がないからだ。彼が偽りを語るときには,彼自身のものに従って語る。彼は偽り者であり,偽りの父だからだ。 8:45 しかし,わたしはあなた方に真理を告げるので,あなた方はわたしを信じない。 8:46 あなた方のうちのだれが,わたしに罪があると責めることができるのか。わたしがあなた方に真理を告げているのなら,なぜわたしを信じないのか。 8:47 神に属している者は,神の言葉を聞く。この理由であなた方は聞かない。あなた方が神に属していないからだ」。

8:48 するとユダヤ人たちは彼に答えた,「我々が,あなたはサマリア人で,悪魔に取りつかれていると言うのはもっともではないか」。

8:49 イエスは答えた,「わたしは悪魔に取りつかれてはいない。わたしは自分の父を敬うのに,あなた方はわたしを辱める。 8:50 しかし,わたしは自分の栄光を求めない。それを求め,裁く方がおられる。 8:51 本当にはっきりとあなた方に告げる。わたしの言葉を守るなら,その者は決して死を見ることがない」。

8:52 するとユダヤ人たちは彼に言った,「あなたが悪霊に取りつかれていることが今こそ分かった。アブラハムは死に,預言者たちも死んだ。それなのにあなたは,『わたしの言葉を守るなら,その者は決して死を味わうことがない』と言う。 8:53 あなたは,我々の父アブラハムより偉大なのか。彼は死んだし,預言者たちも死んだ。あなたは自分を何者とするのか」。

8:54 イエスは答えた,「もしわたしが自分に栄光を与えるなら,わたしの栄光は無意味だ。あなた方が自分たちの神だと言っているのは,わたしに栄光を与えてくださるわたしの父についてなのだ。 8:55 あなた方はその方を知っていないが,わたしはその方を知っている。もし『わたしはその方を知らない』と言うなら,わたしはあなた方と同じように偽り者になるだろう。しかしわたしはその方を知っており,その方の言葉を守っている。 8:56 あなた方の父アブラハムはわたしの日を見ることを喜んだ。彼はそれを見て喜んだ」。

8:57 それでユダヤ人たちは彼に言った,「あなたはまだ五十歳にもなっていないのに,アブラハムを見たことがあるのか」。

8:58 イエスは彼らに言った,「本当にはっきりとあなた方に告げる。アブラハムが生まれる前から,わたしはある」。

8:59 そのため彼らは彼に投げつけるために石を拾い上げた。しかしイエスは隠され,神殿から出て行った。彼らの真ん中を通り抜けて行き,そのようにして通り過ぎて行った。

9:1 通り過ぎる際,彼は生まれつき目の見えない人を目にした。 9:2 弟子たちは彼に尋ねた,「ラビ,この人が生まれつき目が見えないのはだれが罪を犯したからですか。この人ですか。それともその両親ですか」。

9:3 イエスは答えた,「この人が罪を犯したのでもなければ,その両親でもない。神の業がこの人において示されるためなのだ。 9:4 わたしは昼の間に自分を遣わされた方の業を行なわなければならない。だれも働くことができない夜が来ようとしている。 9:5 世にいる限り,わたしは世の光だ」。 9:6 こう言ってから,地面につばをはき,つばで泥を作り,盲人の両目に泥を塗り, 9:7 彼に言った,「行って,シロアムの池で洗いなさい」(シロアムとは「遣わされた」という意味)。そこで彼は行って洗い,見えるようになって戻って来た。 9:8 それで隣人たちや,以前に彼が目の見えなかったことを見ていた者たちは言った,「この人は座って物ごいをしていた者ではないか」。 9:9 ある者たちは,「これはその人だ」と言っていた。それでも他の者たちは,「その人に似ているだけだ」と言っていた。

彼は言った,「わたしがその者です」。 9:10 それで彼らは彼に尋ねた,「あなたの目はどうして開いたのか」。

9:11 彼は答えた,「イエスと呼ばれる人が泥を作り,わたしの両目に塗って,わたしに『シロアムの池に行って洗いなさい』と言われました。それでわたしが行って洗うと,見えるようになったのです」。

9:12 すると彼らは彼に尋ねた,「彼はどこにいるのか」。

彼は言った,「知りません」。

9:13 彼らは目の見えなかった人をファリサイ人たちのところへ連れて行った。 9:14 イエスが泥を作って彼の目を開いたのは安息日のことであった。 9:15 そのためファリサイ人たちも再び,どのようにして見えるようになったのかを彼に尋ねた。彼は彼らに言った,「彼はわたしの両目の上に泥を付け,わたしは洗いました。そして見えるのです」。

9:16 それでファリサイ人のある者たちは言った,「この人は神からの者ではない。彼は安息日を守らないからだ」。他の者たちは言った,「罪人がこのようなしるしを行なえるだろうか」。彼らの間には分裂があった。 9:17 それで彼らは再び目の見えない人に尋ねた,「彼がお前の目を開けたことで,お前は彼について何と言うのか」。

彼は言った,「彼は預言者です」。

9:18 そのためユダヤ人たちは彼に関して,彼が目が見えなかったのに見えるようになったことを信じなかった。ついに彼らは見えるようになった人の両親を呼んで, 9:19 彼らに尋ねた,「これはお前たちが生まれつき目が見えなかったと言うお前たちの息子か。それなら,どうして今は見えるのか」。

9:20 彼の両親は彼らに答えた,「わたしたちはこの者がわたしたちの息子で,生まれつき目が見えなかったことは知っています。 9:21 しかし,どうして今は見えるのかは知りませんし,だれが彼の目を開けたのかも知りません。彼は大人です。彼に尋ねてください。自分のことは自分で話すでしょう」。 9:22 彼の両親は,ユダヤ人たちを恐れていたので,こうした事を言った。ユダヤ人たちはすでに,だれかがイエスをキリストだと告白するなら,その者を会堂から追放されることに決めていたからである。 9:23 そのために彼の両親は,「彼は大人です。彼に尋ねてください」と言った。

9:24 そこで彼らは,目の見えなかった人を二度目に呼んで,彼に言った,「神に栄光をささげなさい。我々はこの人が罪人だということを知っているのだ」。

9:25 それで彼は答えた,「わたしはあの方が罪人かどうかは知りません。一つのことは知っています。わたしは目が見えなかったのに,今は見えるということです」。

9:26 彼らは再び彼に言った,「彼はお前に何をしたのか。どうやってお前の目を開けたのか」。

9:27 彼は彼らに答えた,「もう告げたのに,あなた方は聞いてくださいませんでした。それを再び聞こうとされるのはなぜですか。あなた方もあの方の弟子になりたいわけではないでしょうに」。

9:28 彼らは彼を侮辱して言った,「お前は彼の弟子だが,我々はモーセの弟子だ。 9:29 我々は,神がモーセに話されたことを知っている。しかしこの人について言えば,彼がどこから来たのか知らない」。

9:30 その人は彼らに答えた,「何とも驚いたことです。彼がわたしの目を開けたのに,彼がどこから来たのかご存じないとは。 9:31 わたしたちは,神が罪人に対して耳を傾けてくださらないことを知っています。しかし,その方のご意志を行なう者には耳を傾けてくださいます。 9:32 生まれつき目の見えない者の目を開けたなどということは,世界が始まって以来,一度も聞かれたことがありません。 9:33 もしこの方が神からの者でなかったなら,何もできなかったはずです」。

9:34 彼らは彼に答えた,「お前は全く罪のうちに生まれながら,我々を教えるのか」。彼らはその人を追い出した。

9:35 イエスは彼らが彼を追い出したことを聞くと,彼を見つけて言った,「あなたは神の子を信じるか」。

9:36 彼は答えた,「その方はどなたでしょうか,主よ,わたしがその方を信じることができますように」。

9:37 イエスは彼に言った,「あなたはすでに彼を見た。しかも,あなたと話しているのがその者だ」。

9:38 彼は,「主よ,信じます!」と言って,イエスを拝んだ。

9:39 イエスは言った,「わたしは裁きのためにこの世に来た。見えない者が見えるようになるため,また,見える者が目の見えない者となるためだ」。

9:40 彼と共にいたファリサイ人たちはこれらの事を聞いて,彼に言った,「我々も目が見えないのか」。

9:41 イエスは彼らに言った,「目が見えなかったなら,あなた方には罪がなかっただろう。しかし今,あなた方は『見える』という。だから,あなた方の罪は残るのだ。

10:1 「本当にはっきりとあなた方に言う。羊の囲いに戸口から入らず,どこかほかの所を乗り越える者,その者は盗人であり,強盗だ。 10:2 しかし,戸口から入る者はその羊の羊飼いだ。 10:3 門番は彼のために門を開き,羊は彼の声に耳を傾ける。彼は自分の羊を名前で呼ぶ。 10:4 自分の羊を連れ出すときはいつでも,彼はその前を行き,羊は彼に従う。彼の声を知っているからだ。 10:5 彼らはよその人には決して従わず,その者から逃げ出す。彼らはよその人の声を知らないからだ」。 10:6 イエスはこのたとえを彼らに話したが,彼らは自分たちに告げられたことを理解しなかった。

10:7 それでイエスは再び彼らに言った,「本当にはっきりとあなた方に告げる。わたしが羊の戸口だ。 10:8 わたしより先に来た者はみな盗人であり,強盗だ。だが,羊は彼らの言うことに耳を傾けなかった。 10:9 わたしが戸口だ。だれでもわたしを通って入るなら,その者は救われ,出入りし,牧草を見つけるだろう。 10:10 盗人は,盗み,殺し,滅ぼすためだけにやって来る。わたしが来たのは,彼らが命を得,それを豊かに得るためだ。 10:11 わたしが良い羊飼いだ。良い羊飼いは羊のために自分の命を捨てる。 10:12 雇い人であって,羊飼いでなく,羊を所有していない者は,やって来るオオカミを見ると,羊を残して逃げる。オオカミは羊を奪い,彼らを追い散らす。 10:13 雇い人が逃げるのは,彼が雇い人であって,羊のことを心にかけていないからだ。 10:14 わたしが良い羊飼いだ。わたしは自分の羊を知っており,自分の羊に知られている。 10:15 ちょうど父がわたしを知っておられ,わたしが父を知っているのと同じだ。わたしは羊のために自分の命を捨てる。 10:16 わたしにはこの囲いのものではないほかの羊がいる。それらもわたしは連れて来なければならず,彼らはわたしの声を聞く。彼らはひとりの羊飼いを持つひとつの群れとなる。 10:17 それゆえに父はわたしを愛しておられる。わたしが,再びそれを得るために,自分の命を捨てるからだ。 10:18 だれかがわたしからそれを取り去るのではなく,わたしは自分でそれを捨てるのだ。わたしにはそれを捨てる力があり,それを再び得る力もある。わたしはこのおきてを父から受けた」。

10:19 そのため,これらの言葉を聞いたユダヤ人たちの間に再び分裂が生じた。 10:20 彼らのうち多くの者は言った,「彼は悪魔に取りつかれて,気が狂っている! なぜあなた方は彼の言うことに耳を傾けるのか」。 10:21 他の者たちは言った,「これは悪魔に取りつかれた者の言うことではない。悪魔には盲人の目を開けることなどできないではないか」。

10:22 エルサレムで奉献の祭りがあった。 10:23 冬のことであった。イエスは神殿の中で回廊を歩いていた。 10:24 それでユダヤ人たちは彼を取り囲んで言った,「いつまであなたは我々をどっちつかずにしておくのか。あなたがキリストなら,我々にはっきりと告げてくれ」。

10:25 イエスは彼らに答えた,「わたしはあなた方に告げたが,あなた方は信じない。わたしが自分の父の名において行なう業,それがわたしについて証言する。 10:26 だが,あなた方は信じない。わたしが告げたように,あなた方はわたしの羊に属していないからだ。 10:27 わたしの羊はわたしの声を聞き,わたしは彼らを知っており,彼らはわたしに従う。 10:28 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは滅びることなく,彼らをわたしの手から奪い取る者はいない。 10:29 わたしに彼らを与えられたわたしの父は,すべてのものよりも偉大だ。わたしの父の手から奪い取ることができる者はいない。 10:30 わたしと父とは一つだ」。

10:31 それでユダヤ人たちは,彼を再び石打ちしようとして石を拾い上げた。 10:32 イエスは彼らに答えた,「わたしは自分の父から出た多くの良い業をあなた方に見せてきた。その中のどの業のためにあなた方はわたしを石打ちにするのか」。

10:33 ユダヤ人たちは彼に答えた,「我々があなたを石打ちにするのは,良い業のためではなく,冒とくのためだ。あなたは人間でありながら,自分を神としたからだ」。

10:34 イエスは彼らに答えた,「あなた方の律法の中に,『わたしは言った,あなた方は神々である』と書いていないだろうか。 10:35 神の言葉の臨んだ人々を神々と呼んだのに(そして聖書は廃れることがあり得ない), 10:36 『わたしは神の子だ』とわたしが言ったことのために,父が聖別して世に遣わされた者に関して,『あなたは冒とくしている』と言うのか。 10:37 わたしが自分の父の業を行なっていないのなら,わたしを信じるのをやめなさい。 10:38 だが,わたしがそれらのことを行なっているのなら,たとえわたしを信じないとしても,その業を信じなさい。父がわたしの内におられ,わたしが父の内にいることを知り,また信じるためだ」。

10:39 彼らは再び彼を捕まえようとした。しかし,彼は彼らの手から出て行った。 10:40 彼は再びヨルダンの向こう,ヨハネが最初にバプテスマを施していた場所へ去って行き,そこに滞在した。 10:41 大勢の人が彼のところにやって来た。彼らは言った,「ヨハネは確かに何のしるしも行なわなかったが,ヨハネがこの人について言ったことはすべて真実だった」。 10:42 そこでは大勢の人が彼を信じた。

11:1 さて,ある人が病気であった。マリアとその姉妹マルタの村,ベタニア出身のラザロである。 11:2 主に香油を塗り,その両足を自分の髪でぬぐったのはこのマリアであり,その兄弟ラザロが病気であった。 11:3 それで姉妹たちは彼のもとに人を遣わして言った,「主よ,ご覧ください,あなたが大いに愛情を抱いてくださっている者が病気です」。 11:4 しかしイエスはそれを聞いて言った,「この病気は死に至るものではなく,神の栄光のため,神の子がそれによって栄光を受けるためのものだ」。 11:5 さて,イエスはマルタとその姉妹,そしてラザロを愛していた。 11:6 それで,ラザロが病気だと聞いたとき,自分のいた所に二日間とどまっていた。 11:7 それから,そののち,弟子たちに言った,「もう一度ユダヤに行こう」。

11:8 弟子たちは彼に言った,「ラビ,たった今ユダヤ人たちはあなたを石打ちにしようとしたのに,またあそこに行こうとされるのですか」。

11:9 イエスは答えた,「昼間の十二時間があるではないか。人は昼の間に歩けば,つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。 11:10 しかし,夜の間に歩けばつまずく。光が彼の内にないからだ」。 11:11 こうした事を言って,そののち,彼らに言った,「わたしたちの友ラザロは眠りに入った。しかしわたしは彼を眠りから覚ましに行く」。

11:12 それで弟子たちは言った,「主よ,眠りに入ったのなら,回復するでしょう」。

11:13 ところで,イエスは彼の死について話していたが,彼らは眠って休息をとることについて話しているものだと思っていた。 11:14 そこでイエスはその時,彼らにはっきりと言った,「ラザロは死んだのだ。 11:15 わたしは,自分がそこにいなかったことを,あなた方のために喜ぶ。それはあなた方が信じるようになるためだ。それでも,彼のところに行こう」。

11:16 それで,ディディモスと呼ばれるトマスが仲間の弟子たちに言った,「我々も行って,彼と共に死のうではないか」。

11:17 そこでイエスが行くと,ラザロがすでに四日間墓の中にいるのを目にした。 11:18 ところで,ベタニアはエルサレムに近く,およそ十五スタディア離れている。 11:19 大勢のユダヤ人たちが,マルタとマリアの周りで,その女たちと一緒にいた。その兄弟に関して彼女たちを慰めようとしてであった。 11:20 それで,マルタはイエスが来ていると聞くと,出て行って彼に会った。しかしマリアは家の中にとどまっていた。 11:21 それでマルタはイエスに言った,「主よ,あなたがここにいてくださったなら,わたしの兄弟は死ななかったことでしょう。 11:22 今でもわたしは,あなたが神にお求めになることは何でも,神はあなたにお与えになることを知っています」。 11:23 イエスは彼女に言った,「あなたの兄弟は生き返る」。

11:24 マルタは彼に言った,「わたしは,彼が終わりの日の復活の時に生き返ることを知っています」。

11:25 イエスは彼女に言った,「わたしは復活であり,命だ。わたしを信じる者は,たとえ死んでも生きる。 11:26 だれでも生きていてわたしを信じる者は決して死なない。あなたはこのことを信じるか」。

11:27 彼女は彼に言った,「はい,主よ。わたしはあなたがキリスト,神の子,世に入られる方だということを信じて来ました」。

11:28 このことを言うと,彼女は去って行き,そっと自分の姉妹マリアを呼んで,こう言った。「先生がここにおられ,あなたをお呼びです」。

11:29 彼女はこれを聞くと,急いで立ち上がり,彼のもとに行った。 11:30 ところで,イエスはまだ村に入っておらず,マルタが彼と会った場所にいた。 11:31 それで,その家の中で彼女と共にいて,彼女を慰めていたユダヤ人たちは,急いで立ち上がって出て行くマリアを見たとき,「泣くために墓に行こうとしているのだ」と言って,彼女に付いて行った。 11:32 それでマリアはイエスがいる所に来て,彼を見ると,その足もとにひれ伏して,彼に言った,「主よ,あなたがここにいてくださったなら,わたしの兄弟は死ななかったことでしょう」。

11:33 それでイエスは,彼女が泣き,彼女と共に来たユダヤ人たちも泣いているのを目にすると,霊においてうめき,また苦悩し, 11:34 そして言った,「あなた方は彼をどこに横たえたのか」。

彼らは言った,「主よ,来て,ご覧ください」。

11:35 イエスは涙を流した。

11:36 それでユダヤ人たちは言った,「見なさい,彼にどれほど愛情を抱いていたかを」。 11:37 彼らのうちのある者たちは言った,「盲人の目を開けたこの人が,ラザロを死から守れなかったのだろうか」。

11:38 それでイエスは,再び自分の内でうめき,墓に来た。ところでそれはほら穴であって,それに向かって石が置かれていた。 11:39 イエスは言った,「石を取りのけなさい」。

死んでいた者の姉妹マルタが彼に言った,「主よ,もう臭くなっています。死んで四日たちますから」。

11:40 イエスは彼女に言った,「信じれば神の栄光を見ると告げなかったか」。

11:41 そこで彼らは死んだ人が横たえられている場所から石を取りのけた。イエスは目を上げて言った,「父よ,わたしに耳を傾けてくださったことに感謝します。 11:42 わたしは,あなたがいつもわたしに耳を傾けてくださっていることを知っていました。しかし,周りに立っているこの群衆のために,わたしはこのことを言いました。あなたがわたしを遣わされたことを彼らが信じるためです」。 11:43 こう言ってから,大声で叫んだ,「ラザロよ,出て来なさい!」

11:44 死んでいた人が,手と足を覆い布で巻かれたまま出て来たのである。その顔も布で包まれていた。

イエスは彼らに言った,「彼を解いて行かせなさい」。

11:45 それで,マリアのところに来てイエスの行なったことを見た大勢のユダヤ人が,彼を信じた。 11:46 しかし,彼らのうちの何人かはファリサイ人たちのところに去って行き,イエスが行なった事柄を彼らに告げた。 11:47 それで,祭司長たちとファリサイ人たちは最高法院を招集して,こう言った。「我々は何をしているのだ。この人が多くのしるしを行なっているというのに。 11:48 我々が彼をこのままほうっておくなら,みんなが彼を信じるだろう。そして,ローマ人たちがやって来て,我々の場所も国民も奪い去ってしまうだろう」。

11:49 しかし彼らのうちのある者,その年に大祭司であったカイアファスが彼らに言った,「あなた方は少しも分かっていない。 11:50 そして,一人の人が民のために死んで,国民全体が滅びないことが,我々にとって益になることを考えていない」。 11:51 ところで,彼はこれを自分から言ったのではなく,その年に大祭司であったので,このことを預言したのである。すなわち,イエスが国民のために死ぬことになること, 11:52 また,それが国民のためだけではなく,各地に散らされている神の子らを一つに集めるためでもあるということである。 11:53 そこで彼らはその日以来,彼を殺そうと相談した。 11:54 そのためイエスは,ユダヤ人の間をおおっぴらに歩くことはせず,そこから,荒野に近い地方,エフライムと呼ばれる町に出発した。彼は弟子たちと共にそこに滞在した。

11:55 さて,ユダヤ人の過ぎ越しが近づいていた。大勢の人が身を清めるために,過ぎ越しの前にその地方からエルサレムに上って行った。 11:56 それで彼らはイエスを探し,神殿の中に立ちながら互いに言い合った,「あなた方はどう思うか。彼は祭りに全然来ないのだろうか」。 11:57 ところで,祭司長たちとファリサイ人たちは,だれでも彼がいるところを知ったなら報告するように命じていた。彼を捕まえるためであった。

12:1 それから,過ぎ越しの六日前,イエスはベタニアに来た。死んでいた者で,彼が死んだ者たちの中から生き返らせたラザロがいた所である。 12:2 そこで彼らは彼に夕食を用意した。マルタが給仕していたが,ラザロは彼と共に食卓に着いていた者たちの一人であった。 12:3 そこでマリアは,非常に高価な純正のナルド香油一ポンドを取り,イエスの両足に塗り,自分の髪で彼の両足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。 12:4 そこで,弟子の一人で,彼を売り渡そうとしていたシモンの子ユダ・イスカリオトが言った, 12:5 「なぜこの香油を三百デナリで売って,貧しい人々に施さなかったのか」。 12:6 ところで,彼がこのことを言ったのは,貧しい人々のことを気にかけていたからではなく,彼が盗人であり,金箱を持っていたが,そこに入れられるものを盗んでいたからであった。 12:7 しかしイエスは言った,「彼女をそのままにしておきなさい。彼女はわたしの埋葬の日のためにこのことを守ったのだ。 12:8 あなた方には,貧しい人々はいつでも一緒にいるが,わたしはいつでもいるわけではないからだ」。

12:9 それで,ユダヤ人たちからなる大群衆は,彼がそこにいるのを知って,やって来た。それはイエスのためだけでなく,死んだ者たちの中から生き返らされたラザロを見るためでもあった。 12:10 しかし祭司長たちたちはラザロをも殺そうと陰謀を企てた。 12:11 彼のために大勢のユダヤ人たちが去って行き,イエスを信じたからであった。

12:12 次の日,大群衆が祭りに来ていた。彼らはイエスがエルサレムに来ようとしていることを聞くと, 12:13 ヤシの木の枝を取り,彼を出迎えるために出て行き,叫んで言った,「ホサンナ! 主の名において来る者,イスラエルの王は幸いだ!」

12:14 イエスは,子ロバを見つけて,それに座った。こう書いてあるとおりである, 12:15 「シオンの娘よ,恐れてはならない。見よ,あなたの王が来る。ロバの子に乗って」。 12:16 弟子たちはこれらの事を初めは理解しなかったが,イエスが栄光を受けた時,その時にこれらの事が彼について書かれていたこと,そして人々が彼にこれらの事を行なったということを思い出した。 12:17 それで,彼がラザロを墓から呼び出して死んだ者たちの中から生き返らせた時に,彼と共にいた群衆は,そのことについて証言した。 12:18 この理由のためにも,群衆は来て彼を出迎えた。彼がこのしるしを行なったことを聞いたからである。 12:19 それでファリサイ人たちは互いに言い合った,「あなた方が何も成し遂げていないのを見なさい。見よ,世は彼を追って行ってしまった」。

12:20 ところで,祭りの際に崇拝のために上ってきた者たちの中に,あるギリシャ人たちがいた。 12:21 それでこれらの人たちは,ガリラヤのベツサイダ出身のフィリポのところに来て,「イエスにお目にかかりたいのですが」と言って彼に頼んだ。 12:22 フィリポはやって来てアンデレに告げ,アンデレはフィリポと共に来て,彼らはイエスに告げた。 12:23 イエスは彼らに答えた,「人の子が栄光を受ける時が来た。 12:24 本当にはっきりとあなた方に告げる。一粒の小麦は地に落ちて死ななければ,それはそのままで残る。しかしそれが死ぬなら,たくさんの実を生み出す。 12:25 自分の命を愛している者はそれを失う。世において自分の命を憎む者は,それを永遠の命へと保つ。 12:26 だれでもわたしに仕えるなら,その者はわたしに従いなさい。わたしがいる所,そこにわたしに仕える者もいることになる。だれでもわたしに仕えるなら,父はその者を尊んでくださる。

12:27 「今,わたしの魂は騒ぐ。わたしは何と言おうか。『父よ,わたしをこの時から救ってください』と言おうか。だが,この理由のためにわたしはこの時に至ったのだ。 12:28 父よ,あなたのみ名の栄光をお示しください!」

すると天から声が出て,こう言った。「わたしはその栄光を現わした。そして再び栄光を現わそう」。

12:29 そのため,そばに立っていてそれを聞いた群衆は,雷が鳴ったのだと言った。他の者たちは,「み使いが彼に話したのだ」と言った。

12:30 イエスは答えた,「この声は,わたしのためではなく,あなた方のために来た。 12:31 今こそ,この世の裁きの時だ。今,この世の支配者は投げ出されることになる。 12:32 そしてわたしは,自分が世から挙げられるなら,すべての人をわたしへ引き寄せるだろう」。 12:33 しかし,自分がどんな形で死ぬことになっているかを示そうとして,彼はこのことを言ったのである。 12:34 群衆は彼に答えた,「わたしたちは律法から,キリストが永遠にとどまることを聞いています。あなたが,『人の子は挙げられなければならない』と言われるのはどうしてですか。この人の子とはだれなのですか」。

12:35 それでイエスは彼らに言った,「もう少しの間,光はあなた方と共にある。闇があなた方に追いつかないために,自分たちに光があるうちに歩きなさい。闇の中を歩く者は,自分がどこに行こうとしているのかを知らない。 12:36 あなた方が光の子らとなるために,自分たちに光があるうちに光を信じなさい」。イエスはこれらの事を言ってから立ち去り,彼らから身を隠した。 12:37 しかし,彼は人々の前で多くのしるしを行なったのに,人々は彼らを信じなかった。 12:38 それは,預言者イザヤの言葉が実現するためであった。彼はこう言った。

「主よ,だれがわたしたちの知らせを信じたでしょうか。
だれに主のみ腕が示されたでしょうか」。

12:39 この理由で彼らは信じなかった。イザヤはまたこう言ったからである。

12:40 「彼は彼らの目を見えなくし,彼らの心を堅くした。
彼らが目で見ず,
心で理解せず,
立ち返らず,
わたしが彼らをいやすことがないためである」。

12:41 イザヤは彼の栄光を見たのでこうした事を言ったのであり,彼について語ったのである。 12:42 それでも,支配者たちでさえ多くの者が彼を信じた。しかし,ファリサイ人たちのために,彼らはそれを告白しなかった。会堂から追放されないようにするためであった。 12:43 彼らは神の賞賛よりも人の賞賛を愛したからである。

12:44 イエスは叫んで言った,「わたしを信じる者は,わたしではなく,わたしを遣わした方を信じている。 12:45 わたしを見る者はわたしを遣わした方を見ている。 12:46 わたしは光として世に来ている。わたしを信じる者が闇の中にとどまらないようにするためだ。 12:47 だれかがわたしの言うことに耳を傾けたのに信じなくても,わたしはその者を裁かない。わたしは世を裁くためではなく,世を救うために来たからだ。 12:48 わたしを拒み,わたしの言うことを受け入れない者には,その者を裁く方がおられる。わたしの話したその言葉が,終わりの日に彼を裁くだろう。 12:49 わたしは自分からではなく,わたしを遣わされた父から話しているのであり,わたしが何を言うべきか,また何を話すべきか,その方がわたしにおきてを与えられたからだ。 12:50 わたしは,その方のおきてが永遠の命だということを知っている。ちょうど父がわたしに話されたように,そのとおりにわたしは話すからだ」。

13:1 さて,過ぎ越しの祭りの前に,イエスはこの世から父のもとへ出発する自分の時が来たことを知り,世にいた自分の者たちを愛していたが,彼らを最後まで愛した。 13:2 夕食の後,悪魔はすでにシモンの子ユダ・イスカリオトの心に彼を売り渡す考えを入れていたが, 13:3 イエスは,父がすべてのものを自分の手にゆだねたこと,そして自分が神から出て来て,神のもとに行こうとしていることを知り, 13:4 夕食の席から立ち上がり,上着をわきに置いた。手ぬぐいを取って自分の腰に巻いた。 13:5 それから,たらいに水をくんで,弟子たちの足を洗い,身に巻いた手ぬぐいでふき始めた。 13:6 やがて,シモン・ペトロのところに来た。ペトロは彼に言った,「主よ,わたしの足をお洗いになるのですか」。

13:7 イエスは彼に言った,「あなたはわたしがしていることを今は分からないが,後で理解するだろう」。

13:8 ペトロはイエスに言った,「わたしの足を洗うことなど,決してなさらないでください!」

イエスは彼に言った,「わたしが洗わないなら,あなたはわたしと何の関係もない」。

13:9 シモン・ペトロはイエスに言った,「主よ,足だけでなく,手も頭も!」

13:10 イエスは彼に言った,「水浴びした者は,自分の足を洗う必要があるほかは,全身清いのだ。あなたは清いが,あなた方のうちのみんなが清いわけではない」。 13:11 自分を売り渡そうとしている者を知っていたので,そのために,「あなた方はみんなが清いわけではない」と言ったのである。 13:12 そこで彼らの足を洗い,上着を身に着け,再び座ってから,彼らに言った,「わたしがあなた方にしたことが分かるか。 13:13 あなた方はわたしを『先生』また『主』と呼ぶ。あなた方がそのように言うのは正しい。わたしはそのような者だからだ。 13:14 それで,主また先生であるわたしがあなた方の足を洗ったのなら,あなた方も互いの足を洗い合うべきだ。 13:15 わたしがあなた方に模範を与えたのは,あなた方が,わたしがあなた方にしたのと同じようにするためだからだ。 13:16 本当にはっきりとあなた方に告げる。召使いはその主人より偉大ではなく,遣わされた者は自分を遣わした者より偉大ではない。 13:17 あなた方がこれらの事を知っているなら,それを行なうとき,あなた方は幸いだ。 13:18 わたしはあなた方全員に関して話しているのではない。わたしは自分の選んだ者を知っている。だがそれは,『わたしと共にパンを食べている者が,わたしに向かってかかとを上げた』という聖書が果たされるためなのだ。 13:19 今から,それが起きる前にあなた方に告げる。それが起きる時,わたしはあるということを信じるためだ。 13:20 本当にはっきりとあなた方に告げる。わたしが遣わす者を受け入れる者はわたしを受け入れるのであり,わたしを受け入れる者はわたしを遣わされた方を受け入れるのだ」。

13:21 イエスはこのことを言うと,霊において苦しみ,こう証言した。「本当にはっきりとあなた方に告げるが,あなた方のうちの一人がわたしを売り渡すだろう」。

13:22 弟子たちは,彼がだれについて話しているのかと当惑して,互いに見つめ合った。 13:23 弟子の一人で,イエスが愛していた者が,イエスの胸にもたれて食卓に着いていた。 13:24 それで,シモン・ペトロは彼に合図して言った,「だれについて話しておられるのか教えてくれ」。

13:25 彼はイエスの胸もとにもたれかかりながら尋ねた,「主よ,それはだれですか」。

13:26 それでイエスは答えた,「わたしがこのパン切れを浸して与えるのがその者だ」。そこで彼はパン切れを浸して,それをシモン・イスカリオトの子ユダに与えた。 13:27 パン切れの後で,サタンが彼の中に入った。

その時イエスは彼に言った,「あなたのすることを早く行ないなさい」。

13:28 ところで,食卓に着いている者はだれも,イエスがなぜ彼にこのことを言ったのかを知らなかった。 13:29 というのは,ある者たちは,ユダが金箱を持っていたので,イエスは彼に,「祭りのためにわたしたちが必要とする物を買いなさい」とか,貧しい人々に何かを与えるようになどと言ったのだと思っていたのである。 13:30 それで,パン切れを受け取ると,彼はすぐに出て行った。夜のことであった。

13:31 彼が出て行くと,イエスは言った,「今や,人の子は栄光を受け,神は彼において栄光を受けられた。 13:32 神が彼において栄光を受けられたのなら,神は彼にもご自身において栄光を与えられ,すぐに彼に栄光をお与えになる。 13:33 小さな子供たちよ,わたしはもうしばらくの間あなた方と共にいる。あなた方はわたしを探すが,『わたしが行こうとしている所に,あなた方は来ることができない』とユダヤ人たちに言ったそのとおりに,わたしはあなた方にも告げる。 13:34 わたしは新しいおきてをあなた方に与える。わたしがあなた方を愛したように,あなた方が互いを愛することだ。あなた方も互いに愛し合うためだ。 13:35 あなた方が互いに対して愛を抱けば,これによってすべての人は,あなた方がわたしの弟子だということを知るだろう」。

13:36 シモン・ペトロはイエスに言った,「主よ,あなたはどこへ行こうとしておられるのですか」。

イエスは答えた,「わたしが行こうとしている所に,あなたは今は付いて来ることができないが,後で付いて来るだろう」。

13:37 ペトロはイエスに言った,「主よ,なぜ今はあなたに付いて行けないのですか。わたしはあなたのために自分の命を捨てるつもりです」。

13:38 イエスは彼に答えた,「あなたはわたしのために自分の命を捨てるのか。本当にはっきりとあなたに告げる。あなたがわたしを三度否認するまで,おんどりは鳴かないだろう。

14:1 「あなた方の心を騒がせてはいけない。神を信じ,わたしをも信じなさい。 14:2 わたしの父の家にはたくさんの住みかがある。そうでなかったなら,わたしはあなた方に告げただろう。わたしはあなた方のために場所を用意しに行こうとしている。 14:3 わたしは,行ってあなた方のために場所を用意したら,また来て,あなた方をわたしのところに迎える。わたしのいる所,そこにあなた方もいるようになるためだ。 14:4 わたしの行く所をあなた方は知っており,その道も知っている」。

14:5 トマスがイエスに言った,「主よ,わたしたちはあなたがどこへ行こうとしておられるのか知りません。わたしたちはどうしてその道を知ることができるでしょう」。

14:6 イエスは彼に言った,「わたしは道,真理,命だ。わたしを通してでなければ,だれも父のもとに来ることはない。 14:7 あなた方は,わたしを知っていたなら,父をも知っていただろう。今から,あなた方はその方を知っており,その方を見ている」。

14:8 フィリポがイエスに言った,「主よ,わたしたちに父をお示しください。わたしたちにとってはそれで十分です」。

14:9 イエスは彼に言った,「こんなに長い間,わたしはあなた方と共にいたのに,フィリポ,あなたはわたしを知っていないのか。わたしを見た者は父を見たのだ。どうしてあなたは,『父を示してください』と言うのか。 14:10 わたしが父のうちにおり,父がわたしのうちにおられることをあなたは信じないのか。わたしがあなた方に告げる言葉は,わたしが自分から話すのではない。わたしのうちに住まわれる父がご自分の業を行なっておられるのだ。 14:11 わたしが父のうちにおり,父がわたしのうちにおられるというわたしの言葉を信じなさい。そうでなければ,業そのもののために信じなさい。 14:12 本当にはっきりとあなた方に言う。わたしを信じる者は,わたしの行なう業をも行なうだろう。しかも,それより大きな業を行なうだろう。わたしは父のもとへ行こうとしているからだ。 14:13 あなた方がわたしの名において求めることは何でも,わたしはそれを行なう。父が子において栄光をお受けになるためだ。 14:14 あなた方がわたしの名において何かを求めるなら,わたしはそれを行なう。 14:15 あなた方がわたしを愛しているなら,わたしのおきてを守りなさい。 14:16 わたしは父にお願いし,父はほかの助言者を与えて,彼が永遠にあなた方と共にいるようにくださる。 14:17 これは真理の霊であり,世は彼を見ることも知ることもないので,受け入れることができない。あなた方は彼を知っている。彼があなた方と共に住んでおり,あなた方のうちにいることになるからだ。 14:18 わたしはあなた方を孤児にしてはおかない。わたしはあなた方のところに来る。 14:19 もうしばらくすると,世はもはやわたしを見ないだろう。だが,あなた方はわたしを見る。わたしは生きているので,あなた方も生きる。 14:20 その日には,わたしが自分の父のうちにおり,あなた方がわたしのうちにおり,わたしがあなた方のうちにいることを,あなた方は知るだろう。 14:21 わたしのおきてを持ってそれを守る者,その人はわたしを愛している者だ。わたしを愛している者はわたしの父に愛されるだろう。そして,わたしは彼を愛し,彼に自分を示すだろう」。

14:22 (イスカリオトでない)ユダがイエスに言った,「主よ,わたしたちにご自分を示そうとしておられるのに,世にはそうしようとされないとは,何が起きているのですか」。

14:23 イエスは彼に言った,「人がわたしを愛しているなら,彼はわたしの言葉を守る。わたしの父はわたしを愛され,わたしたちはその方のもとに行き,その方と共に住むだろう。 14:24 わたしを愛していない者は,わたしの言葉を守らない。あなた方が聞いている言葉はわたしのものではなく,わたしを遣わされた父のものだ。 14:25 わたしは,まだあなた方と共に住んでいる間に,これらの事をあなた方に言ってきた。 14:26 しかし助言者,すなわち父がわたしの名において遣わされる聖霊は,あなた方にすべての事を教え,わたしがあなた方に話したことすべてを思い出させるだろう。 14:27 わたしは平和をあなた方に残し,わたしの平和をあなた方に与える。わたしはあなた方に,世が与えるのと同じようにして与えるのではない。あなた方の心を騒がせたり,恐れたりしてはいけない。 14:28 あなた方は,『わたしは去って行くが,あなた方のところに戻って来る』と,わたしが告げたのを聞いた。あなた方は,わたしを愛しているなら,『わたしは父のもとに行こうとしている』とわたしが言ったことで喜ぶはずだ。父はわたしより偉大だからだ。 14:29 今わたしは,それが起きる前にあなた方に告げてきた。それが起きる時にあなた方が信じるためだ。 14:30 わたしはもう,あなた方と多くは話さないだろう。世の支配者がやって来るからだ。彼はわたしのうちに何も持っていない。 14:31 しかし,わたしが父を愛していることを世が知るために,父がわたしに命じられたそのとおりにわたしは行なう。立ちなさい。ここから出て行こう。

15:1 「わたしが真のブドウの木であり,わたしの父は耕作人だ。 15:2 その方は,わたしのうちにある実を生み出さない枝をすべて取り除かれる。その方は,実を生み出す枝をすべて,それがもっと実を生み出すようにするために刈り込まれる。 15:3 あなた方は,わたしがあなた方に話してきた言葉によって,すでにきれいに刈り込まれている。 15:4 わたしのうちにとどまりなさい。わたしもあなた方のうちにとどまっている。枝がブドウの木のうちにとどまっていなければ,自分では実を生み出すことができないように,あなた方もわたしのうちにとどまっていなければ,実を生み出すことはできない。 15:5 わたしはブドウの木であり,あなた方はその枝だ。わたしのうちにとどまり,わたしもそのうちにとどまる者は,たくさんの実を生み出す。あなた方は,わたしを離れては何もできないからだ。 15:6 わたしのうちにとどまらないなら,その者は枝のように投げ出されて枯らされる。そして人々はそれらを集め,火の中に投げ込み,それらは燃やされる。 15:7 あなた方がわたしのうちにとどまり,わたしの言葉があなた方のうちにとどまるなら,あなた方は自分たちの望むことを何でも求め,それはあなた方のために果たされるだろう。

15:8 「あなた方が多くの実を生み出し,こうしてあなた方がわたしの弟子となること,これによってわたしの父は栄光をお受けになる。 15:9 ちょうど父がわたしを愛してくださったように,わたしもあなた方を愛してきた。わたしの愛のうちにとどまりなさい。 15:10 あなた方がわたしのおきてを守るなら,あなた方はわたしの愛のうちにとどまるだろう。ちょうどわたしが父のおきてを守っており,その方の愛のうちにとどまっているのと同じだ。 15:11 わたしの喜びがあなた方のうちにとどまり,あなた方の喜びが満たされるために,わたしはあなた方にこれらの事を話してきた。

15:12 「わたしがあなた方を愛したとおりに,あなた方が互いに愛し合うこと,これがわたしのおきてだ。 15:13 だれかがその友人たちのために自分の命を捨てること,これより大きな愛はない。 15:14 わたしがあなた方に命じることをすべて行なうなら,あなた方はわたしの友だ。 15:15 もうわたしはあなた方を召使いとは呼ばない。召使いはその主人が行なうことを知らないからだ。だが,わたしはあなた方を友と呼ぶ。わたしの父から聞いたことすべてを,わたしはあなた方に知らせたからだ。 15:16 あなた方がわたしを選んだのではなく,わたしがあなた方を選んで任命したのだ。あなた方が行って実を産み出し,あなた方の実が残るため,また,あなた方がわたしの名において父に求めることは何でも,その方があなた方に与えてくださるためだ。

15:17 「あなた方が互いに愛し合うように,わたしはこれらの事をあなた方に命じる。 15:18 たとえ世があなた方を憎んでも,それがあなた方を憎む前にわたしを憎んだことを,あなた方は知っている。 15:19 あなた方が世のものであったなら,世はそれ自身のものを愛するだろう。だが,あなた方は世のものではなく,わたしが世から選び出したので,そのために世はあなた方を憎むのだ。 15:20 『召使いはその主人より偉大ではない』と,わたしがあなた方に言った言葉を覚えておきなさい。彼らがわたしを迫害したのであれば,あなた方をも迫害するだろう。彼らがわたしの言葉を守ったのであれば,あなた方の言葉も守るだろう。 15:21 だが彼らは,わたしの名のために,あなた方に対してこれらの事すべてを行なうだろう。彼らはわたしを遣わされた方を知っていないからだ。 15:22 わたしがやって来て彼らに話していなかったなら,彼らには罪がなかっただろう。だが今は,彼らには自分たちの罪のための言い訳がない。 15:23 わたしを憎む者は,わたしの父をも憎んでいるからだ。 15:24 わたしが,ほかのだれもしなかった業を彼らの間で行なわなかったなら,彼らには罪がなかっただろう。だが今は,彼らはわたしもわたしの父をも見た上で憎んでいるのだ。 15:25 だが,このことが起きたのは,彼らの律法の中で『彼らは理由なくわたしを憎んだ』と書いてある言葉が果たされるためなのだ。

15:26 「わたしが父のもとからあなた方に遣わそうとしている助言者,すなわち父から生じる真理の霊が来る時,彼はわたしについて証言するだろう。 15:27 あなた方も,はじめからわたしと共にいたのだから,証言するだろう。

16:1 「あなた方がつまずかないために,わたしはこれらの事をあなた方に話してきた。 16:2 彼らはあなた方を会堂から追い出すだろう。いやそれどころか,あなた方を殺す者がみな,自分は神に奉仕をささげたのだと思う時が来ようとしている。 16:3 彼らは父もわたしも知っていないので,これらの事を*行なうことになる。 16:4 だが,わたしはこれらの事をあなた方に告げてきた。その時が来たなら,わたしがそのことについて告げたということをあなた方が思い出すためだ。わたしはこれらの事をはじめからは告げなかった。わたしがあなた方と共にいたからだ。 16:5 だが今,わたしは自分を遣わされた方のもとに行こうとしている。それでも,あなた方のうちのだれも,『どこに行こうとしているのですか』とは尋ねない。 16:6 だが,わたしがこれらの事をあなた方に告げてきたために,悲嘆があなた方の心を満たしている。 16:7 それでも,わたしはあなた方に真実を告げる。すなわち,わたしが去って行くことはあなた方の益になるのだ。わたしが去って行かなければ,助言者はあなた方のところに来ないからだ。だがわたしが行けば,わたしは彼をあなた方に遣わすことになる。 16:8 彼はやって来ると,罪について,義について,また裁きについて,世を責めるだろう。 16:9 罪についてというのは,彼らがわたしを信じていないからだ。 16:10 義についてというのは,わたしが自分の父のもとに行こうとしており,あなた方はもはやわたしを見なくなるからだ。 16:11 裁きについてというのは,世の支配者が裁かれたからだ。

16:12 「わたしには,まだあなた方に告げるべきたくさんの事柄があるが,あなた方は今はそれに耐えられない。 16:13 しかし,真理の霊が来る時には,彼はあらゆる真理に導くだろう。彼は自分から語るのではなく,何でも自分が聞くことを話すことになるからだ。彼はあなた方に,起ころうとしている事柄を知らせるだろう。 16:14 彼はわたしの栄光を現わすだろう。彼はわたしのものから受けて,あなた方にそれを知らせるからだ。 16:15 何でも父が持っておられる物はすべてわたしのものだ。それでわたしは,彼がわたしのものから受けており,それをあなた方に知らせることになると言ったのだ。 16:16 しばらくすると,あなた方はわたしを見なくなる。またしばらくすると,あなた方はわたしを見ることになる」。

16:17 それで,弟子たちの何人かは互いに言い合った,「『しばらくすると,あなた方はわたしを見なくなる。またしばらくすると,あなた方はわたしを見ることになる』とか,『わたしは父のもとに行くからだ』と言われるが,これは何のことだろう」。 16:18 それで彼らは言った,「『しばらくすると』と言われるが,これは何のことだろう。我々はこの方の言われることが分からない」。

16:19 それでイエスは,彼らが自分に尋ねたがっているのに気づいて,彼らに言った,「あなた方は互いに,『しばらくすると,あなた方はわたしを見なくなり,またしばらくすると,あなた方はわたしを見ることになる』とわたしが言ったこのことに関して尋ね合っているのか。 16:20 本当にはっきりとあなた方に告げる。あなた方は泣き悲しむが,世は喜ぶことになる。あなた方は悲嘆にくれるが,あなた方の悲嘆は喜びに変えられることになる。 16:21 女は出産する時,自分の時が来たことで悲嘆する。だが子供を生んでしまうと,一人の人が世に生まれたという喜びのために,もはやその苦痛を覚えていない。 16:22 だから,あなた方には今は悲嘆があるが,わたしは再びあなた方を見るので,あなた方の心は喜ぶことになり,その喜びをあなた方から取り去る者はいない。

16:23 「その日には,あなた方はわたしに何の質問もしないだろう。本当にはっきりとあなた方に告げる。あなた方がわたしの名において父に求めることは何でも,その方はあなた方に与えてくださる。 16:24 今まで,あなた方はわたしの名において何も求めたことがない。求めなさい。そうすればあなた方は受けるだろう。それは,あなた方の喜びが満たされるためだ。 16:25 わたしはこれらの事をあなた方に比ゆで話してきた。だが,わたしがもはやあなた方に比ゆで話すのではなく,父についてはっきりと告げることになる時が来ようとしている。 16:26 その日には,あなた方はわたしの名によって求めることになる。そしてわたしはあなた方に,わたしがあなた方のために父に願うことになるとは言わない。 16:27 父ご自身があなた方を愛しておられるからだ。あなた方がわたしを愛し,わたしが神のもとから出て来たことを信じているからだ。 16:28 わたしは父のもとから出て来て,世に来ている。再び,わたしは世を去り,父のもとに行く」。

16:29 弟子たちは彼に言った,「ご覧ください。今,あなたははっきりと話しておられ,何の比ゆも話されません。 16:30 今わたしたちは,あなたがすべての事を知っておられ,だれもあなたに質問する必要のないことが分かります。このことによって,わたしたちはあなたが神のもとから出て来られたのだということを信じます」。

16:31 イエスは彼らに答えた,「あなた方は今は信じているのか。 16:32 見よ,あなた方がみな,自分の所に散らされて,わたしをひとりにする時が来ようとしている。いや,今来ている。それでも,わたしはひとりではない。父がわたしと共におられるからだ。 16:33 わたしにあってあなた方に平和があるように,わたしはあなた方にこれらの事を話した。世にあってあなた方には苦しみがあるが,元気を出しなさい! わたしは世に打ち勝ったのだ」。

17:1 イエスはこれらの事を言ってから,目を天に上げて言った,「父よ,時が来ました。あなたの子の栄光を現わしてください。あなたの子もあなたの栄光を現わすためです。 17:2 あなたが彼に肉なる者すべてに対する権威を与えてくださり,彼があなたのゆだねられた者すべてに永遠の命を与えることになるのと同じようにです。 17:3 彼らが,唯一のまことの神であるあなたと,あなたが遣わされたイエス・キリストを知るようになること,これが永遠の命です。 17:4 わたしは地上であなたの栄光を現わしました。わたしは,行なうために与えてくださった業を成し遂げてきました。 17:5 今,父よ,世が存在する前にわたしがあなたのもとで持っていたあの栄光のために,ご自身のもとでわたしに栄光を与えてください。 17:6 わたしは,世から与えてくださった人々に,あなたのみ名を示しました。彼らはあなたのものであり,あなたは彼らをわたしに与えてくださいました。彼らはあなたのみ言葉を守ってきました。 17:7 彼らは今,あなたがわたしに与えてくださった事がみな,あなたのもとから出たことを知っています。 17:8 あなたがわたしに与えてくださった言葉を,わたしは彼らに与えてきたからです。そして,彼らはそれを受け入れて,わたしがあなたのもとから出て来たことを確かに知り,あなたがわたしを遣わされたことを信じてきました。 17:9 わたしは彼らのためにお願いします。わたしは世のためにではなく,わたしに与えてくださった者たちのためにお願いするのです。彼らはあなたのものだからです。 17:10 わたしのものはみなあなたのものであり,あなたのものはみなわたしのものです。そして,わたしは彼らにあって栄光を受けています。 17:11 わたしはもはや世にいませんが,これらの者たちは世にいます。そして,わたしはあなたのもとに行こうとしています。聖なる父よ,わたしに与えてくださったあなたのみ名のために,彼らを守ってください。それは,わたしたちが一つであるように,彼らも一つになるためです。 17:12 わたしが彼らと共に世にいた間,わたしはあなたのみ名において彼らを守りました。わたしに与えてくださった者たちを,わたしは守ってきました。彼らのうちのだれも失われませんでした。滅びの子を除いてですが,それは聖書が果たされるためでした。 17:13 しかし今,わたしはあなたのもとに行きます。わたしが世にあってこれらの事を話すのは,彼らが自分の内に満ちるわたしの喜びを持つためです。 17:14 わたしは彼らにあなたの言葉を与えてきました。世は彼らを憎みました。わたしが世のものでないのと同じように,彼らも世のものではないからです。 17:15 わたしは,彼らを世から取り去ることではなく,彼らを悪い者から守ってくださるようお願いします。 17:16 わたしが世のものではないのと同じように,彼らも世のものではありません。 17:17 あなたの真理のうちに彼らを聖別してください。あなたのみ言葉は真理です。 17:18 あなたがわたしを世に遣わされたのと同じように,わたしも彼らを世に遣わしました。 17:19 わたしは彼らのために自分を聖別するからです。彼ら自身も真理のうちに聖別されるためです。 17:20 これらの者のためだけではなく,彼らの言葉を通してわたしを信じる者のためにも,わたしはお願いします。 17:21 彼らがみな一つになるためです。ちょうど,父よ,あなたがわたしのうちにおられ,わたしがあなたのうちにいるのと同じようにです。それは,彼らもわたしたちのうちで一つになるためであり,あなたがわたしを遣わされたことを世が信じるためです。 17:22 あなたがわたしに与えてくださった栄光を,わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように,彼らも一つになるためです。 17:23 わたしは彼らのうちにおり,あなたはわたしのうちにおられます。彼らが完全に一つになるためであり,また,あなたがわたしを遣わされ,あなたがわたしを愛されたとおりに彼らを愛されたことを,世が知るためでもあります。 17:24 父よ,わたしに与えてくださった者たちも,わたしのいる所に共にいて欲しいと思います。あなたがわたしに与えてくださったわたしの栄光を見るためです。世の基礎が置かれる前から,あなたがわたしを愛してくださったからです。 17:25 公正な父よ,世はあなたを知っていませんが,わたしはあなたを知っていました。そして,これらの者たちはあなたがわたしを遣わされたことを知っています。 17:26 わたしはあなたのみ名を彼らに知らせました。また,これからも知らせます。あなたがわたしを愛してくださったその愛が彼らのうちにもあり,わたしが彼らのうちにいるようになるためです」。

18:1 イエスはこれらの言葉を話すと,弟子たちと共にキドロンの小川の向こうへ出て行った。そこには園があって,彼と弟子たちはその中に入った。 18:2 さて,彼を売り渡したユダもその場所を知っていた。イエスは弟子たちと共に何度もそこに行っていたからである。 18:3 そこでユダは,一隊の兵士および大祭司とファリサイ人たちからの役人たちを連れ,明かりとたいまつと武器を持って,そこにやって来た。 18:4 それでイエスは,自分に起ころうとしていたすべての事を知っていたので,出て行って彼らに言った,「だれを探し求めているのか」。

18:5 彼らは彼に答えた,「ナザレのイエスを」。

イエスは彼らに言った,「わたしはある」。

彼を売り渡したユダも,彼らと共に立っていた。 18:6 それで彼が「わたしはある」と彼らに言うと,彼らは後ずさりして地面に倒れた。

18:7 それで彼は再び彼らに尋ねた,「だれを探し求めているのか」。

彼らは言った,「ナザレのイエスを」。

18:8 イエスは答えた,「わたしはあるとあなた方に告げたのだ。だから,あなた方がわたしを探しているのなら,これらの者たちは去らせなさい」。 18:9 それは,「あなたがわたしに与えてくださった者たちのうち,わたしは一人も失いませんでした」と語った言葉が果たされるためであった。

18:10 それでシモン・ペトロは,剣を持っていたが,それを抜き,大祭司の召使いに撃ちかかり,その右の耳を切り落とした。その召使いの名はマルコスであった。 18:11 それでイエスはペトロに言った,「剣をさやに納めなさい。父がわたしに与えておられるこの杯,わたしはそれをどうして飲まないことがあるだろうか」。

18:12 それでその一隊,指揮官,およびユダヤ人の役人たちは,イエスを捕まえて縛り, 18:13 まずアンナスのところに連れて行った。その年に大祭司であったカイアファスのしゅうとであったからである。 18:14 ところでこの者が,一人の人が民のために死ぬことが好都合だとユダヤ人たちに勧めたカイアファスであった。 18:15 シモン・ペトロは別の弟子と共にイエスに付いて行った。さて,その弟子は大祭司に知られていたので,イエスと共に大祭司の中庭に入った。 18:16 しかしペトロは外で戸口に立っていた。そこで大祭司に知られていたほかの弟子が出て来て戸口番の女に話し,ペトロを中に連れて来た。 18:17 すると,戸口番の女中がペトロに言った,「あなたもこの人の弟子の一人なのですか」。

彼は「違う」と言った。

18:18 ところで,寒かったので,召使いや役人たちはそこに立って炭火を起こしていた。彼らは身を暖めていた。ペトロも彼らと共におり,立って身を暖めていた。 18:19 それで,大祭司はイエスに,彼の弟子たちや教えについて尋ねた。 18:20 イエスは彼に答えた,「わたしは世に対しておおっぴらに語った。わたしはいつも,ユダヤ人たちが常に集まる会堂や神殿で教えた。ひそかに話したことは何もない。 18:21 なぜあなたはわたしに尋ねるのか。わたしが彼らに言ったことを聞いてきた人たちに尋ねなさい。見よ,これらの人たちはわたしが言った事を知っているのだ」。

18:22 彼がこのことを言うと,役人の一人がイエスに平手打ちを加えて,「大祭司にそのような答えをするのか」と言った。

18:23 イエスは彼に言った,「わたしが悪いことを語ったのなら,その悪について証言しなさい。だが,正しいのなら,なぜわたしを打つのか」。

18:24 アンナスは彼を縛ったまま,大祭司カイアファスのところに送った。 18:25 さて,シモン・ペトロは立って身を暖めていた。それで人々は彼らに言った,「あなたも彼の弟子のうちの一人ではないだろうな」。

彼はそれを否定して,「違う」と言った。

18:26 大祭司の召使いの一人で,ペトロが耳を切り落とした者の親族の者が言った,「わたしはあなたが園で彼と共にいるのを見なかっただろうか」。

18:27 それでペトロは再びそれを否定した。するとすぐにおんどりが鳴いた。

18:28 それで彼らは,イエスをカイアファスのところからプラエトリウムに連れて行った。早朝のことであった。そして彼ら自身は,汚れることなく過ぎ越しの食事ができるように,プラエトリウムの中に入らなかった。 18:29 それでピラトが彼らのところに出て来て,こう言った。「この人に対してどんな告訴を提出するのか」。

18:30 彼らはピラトに答えた,「この人が悪人でなかったなら,わたしたちは彼をあなたのもとに引き渡しはしなかったでしょう」。

18:31 それでピラトは彼らに言った,「自分たちで彼を引き取って,お前たちの律法に従って彼を裁くがよい」。

それでユダヤ人たちは彼に言った,「わたしたちがだれかを死刑にすることは法律で認められていません」。 18:32 それは,自分がどのような死に方で死ぬことになるかを示したイエスの言葉が果たされるためであった。

18:33 それでピラトは再びプラエトリウムの中に入って,イエスを呼び,彼に言った,「お前はユダヤ人の王なのか」。

18:34 イエスは彼に答えた,「あなたは自分でこのことを言うのか。それともほかの人たちがわたしについてあなたに告げたのか」。

18:35 ピラトは答えた,「わたしはユダヤ人ではないではないか。お前の国民と祭司長たちがお前をわたしに引き渡したのだ。お前は何をしたのか」。

18:36 イエスは答えた,「わたしの王国はこの世のものではない。わたしの王国がこの世のものだったなら,わたしの召使いたちがわたしをユダヤ人たちに引き渡さないように闘ったことだろう。だが今,わたしの王国はこの世からのものではない」。

18:37 それでピラトは彼に答えた,「それではお前は王なのか」。

イエスは答えた,「あなたがわたしを王だと言っている。真理を証言すること,このためにわたしは生まれ,このためにわたしは世に入った。真理に属する者はみな,わたしの声を聞く」。

18:38 ピラトは彼に言った,「真理とは何か」。

これを言ってから,再びユダヤ人たちのところへ出て行って,彼らに言った,「わたしは彼に対して訴える根拠を何も見いださない。 18:39 だがお前たちには,過ぎ越しの際にだれかをわたしがあなた方に釈放するという習慣がある。それでお前たちは,このユダヤ人の王を釈放して欲しいのか」。

18:40 すると彼らは再び叫んで言った,「この人ではない。バラバを!」 ところでバラバは強盗であった。

19:1 そこでピラトはイエスを引き取って,彼をむち打った。 19:2 兵士たちはイバラで冠を編んで彼の頭に載せ,彼に紫の衣を着せた。 19:3 「ユダヤ人の王様,万歳!」と言ったり,彼を平手打ちにしたりしていた。

19:4 それからピラトは再び出て来て,彼らに言った,「見よ,わたしは彼をお前たちのところに連れて来る。わたしが彼に対して訴える根拠を何も見いださないことをお前たちが知るためだ」。

19:5 それでイエスは,イバラの冠と紫の衣を身に着けて,出て来た。ピラトは彼らに言った,「見よ,この人だ!」

19:6 それで祭司長たちと役人たちは彼を見ると,叫んで言った,「はりつけにしろ! はりつけにしろ!」

ピラトは彼らに言った,「自分たちで彼を引き取って,彼をはりつけにするがよい。わたしは彼に対して訴える根拠を何も見いださないからだ」。

19:7 ユダヤ人たちは彼に言った,「わたしたちには律法があります。わたしたちの律法によれば,彼は死ぬべきです。自分を神の子としたからです」。

19:8 それでピラトはこの言葉を聞くとますます恐れた。 19:9 彼は再びプラエトリウムの中に入って,イエスに言った,「お前はどこから来たのか」。しかしイエスは何の答えもしなかった。 19:10 それでピラトは彼に言った,「お前はわたしに話さないのか。わたしにはお前を釈放する権限があり,お前をはりつけにする権限もあることを,お前は知らないのか」。

19:11 イエスは答えた,「上から与えられたのでなければ,あなたはわたしに対して何の権限もないだろう。そのために,わたしをあなたに引き渡した者には大きな罪がある」。

19:12 これを聞いて,ピラトは彼を釈放することを求めたが,ユダヤ人たちは叫んで言った,「あなたがこの人を釈放するなら,あなたはカエサルの友ではない! 自分を王とする者はカエサルに逆らって語っているのだ!」

19:13 それでピラトはこれらの言葉を聞くと,イエスを連れ出し,「敷石」,ヘブライ語で「ガバタ」と呼ばれる場所で,裁判の席に着いた。 19:14 ところで,それは過ぎ越しの準備の日で,およそ第六時であった。彼はユダヤ人たちに言った,「見よ,お前たちの王だ!」

19:15 彼らは叫んで言った,「取り除け! 取り除け! はりつけにしろ!」

ピラトは彼らに言った,「わたしがお前たちの王をはりつけにするのか」。

祭司長たちは答えた,「わたしたちにはカエサルのほかに王はいません!」

19:16 こうしてその時,ピラトは彼をはりつけにするために彼らに引き渡した。そこで彼らはイエスを引き取って連れて行った。 19:17 彼は自分の十字架を運び,「どくろの場所」と呼ばれる場所,ヘブライ語で「ゴルゴタ」と呼ばれる場所へ出て行った。 19:18 その所で,人々は彼をはりつけにした。彼と共にほかの二人を,イエスを真ん中にして,その両側ではりつけにした。 19:19 ピラトは罪状書きも書いて,十字架の上に付けた。そこには「ナザレのイエス,ユダヤ人の王」と書かれていた。 19:20 それで大勢のユダヤ人たちがこの罪状書きを読んだ。イエスがはりつけにされた場所は町に近かったからであり,それがヘブライ語,ラテン語,およびギリシャ語で書かれていたからであった。 19:21 そのため,ユダヤ人の祭司長たちはピラトに言った,「『ユダヤ人の王』と書かないで,『この者は「わたしはユダヤ人の王だ」と言った』と書いてください」。

19:22 ピラトは答えた,「わたしが書いたことは,わたしが書いたのだ」。

19:23 やがて兵士たちは,イエスをはりつけにした時,その衣を取って四つに分け,それぞれの兵士たちに一つずつとした。また上着も取った。ところで,その上着は縫い目がなく,上からそっくり織ったものであった。 19:24 それで彼らは互いに言い合った,「これは裂いたりしないで,だれのものにするか,くじを引こう」。それは,聖書が果たされるためであった。こう述べている。

「彼らは互いに衣を分けた。
わたしの外衣のために彼らはくじを引いた」。

そのために役人たちはこれらの事をした。 19:25 しかし,イエスの十字架のそばには,彼の母と,母の姉妹クロパスの妻マリア,およびマリア・マグダレネが立っていた。 19:26 それでイエスは,自分の母と,自分が愛していた弟子がそこに立っているのを見ると,自分の母に言った,「女よ,見なさい,あなたの子です!」  19:27 次いで,その弟子に言った,「見なさい,あなたの母だ!」 その時から,その弟子は彼女を自分の家に引き取った。

19:28 こののちイエスは,すべての事が完了したこと,また聖書が果たされたことを見て,こう言った。「わたしは渇く」。 19:29 さて,そこには酢を満たした器が置いてあった。そこで彼らは酢をたっぷり含ませた海綿をヒソプに付け,それを彼の口もとに持って行った。 19:30 それでイエスは酢を受けると,「完了した」と言った。頭を垂れて,自分の霊を引き渡した。

19:31 それでユダヤ人たちは,準備の日であったため,(その安息日は特別な安息日であったので,)安息日に体が十字架の上に残らないよう,彼らの足を折って取り降ろすことをピラトに求めた。 19:32 それで兵士たちは来て,彼と共にはりつけにされた最初の者ともう一方の者の足を折った。 19:33 しかし,イエスのところに来て,彼がすでに死んでいたのを見ると,その足を折ることはしなかった。 19:34 しかし,兵士たちの一人がそのわき腹を突き刺した。するとすぐに血と水が出て来た。 19:35 見た者が証言してきたのであり,彼の証言は真実だ。彼は自分が真実を告げていることを知っている。それは,あなた方が信じるためだ。 19:36 というのは,これらの事が起きたのは,「彼の骨が折られることはないだろう」という聖句が果たされるためだったからである。 19:37 また別の聖句は,「彼らは自分たちが突き刺した者を見つめるだろう」と述べている。

19:38 こうした事ののち,イエスの弟子ではあったがユダヤ人たちへの恐れのために秘密にしていたアリマタヤのヨセフが,イエスの体を取り降ろさせて欲しいとピラトに求めた。ピラトは彼に許可を与えた。それで彼は行って,その体を取り降ろした。 19:39 最初の時は夜にイエスのもとに来たニコデモも,没《もつ》薬と沈《じん》香とを混ぜた物を百ポンドほど持って来た。 19:40 こうして彼らはイエスの体を引き取り,埋葬のためのユダヤ人の習慣どおり,香料と共に亜麻布で巻いた。 19:41 さて,彼がはりつけにされた場所には園があり,園にはまだだれも横たえられたことのない新しい墓があった。 19:42 それで,ユダヤ人の準備の日であったため,(その墓が近かったので)彼らはイエスをそこに横たえた。

20:1 さて,週の初めの日,マリア・マグダレネは朝早く,まだ暗いうちに墓にやって来た。そして,墓から石が取りのけられているのを見た。 20:2 それで彼女は,走ってシモン・ペトロとイエスが愛していたもう一人の弟子のところに行き,彼らに言った,「人々が主を墓から取り去ってしまい,どこに置いたのか分かりません!」

20:3 それでペトロともう一人の弟子は出て行き,墓に向かった。 20:4 彼らは二人とも一緒に走っていた。もう一人の弟子はペトロを追い越して,最初に墓に着いた。 20:5 身をかがめて中をのぞくと,亜麻布が置かれているのを見たが,中には入らなかった。 20:6 それから彼の後でシモン・ペトロがやって来て,墓の中に入った。彼は亜麻布が置かれているのを見た。 20:7 また,イエスの頭にあった布が,亜麻布と共にはなく,別の場所で巻かれているのを見た。 20:8 こうしてその時,最初に墓に来たもう一人の弟子も中に入り,これを見て信じた。 20:9 というのは,彼らはまだ,彼が死んだ者たちの中から生き返らなければならないという聖書を知っていなかったからである。 20:10 そこで弟子たちは自分たちの家に去って行った。

20:11 しかし,マリアは墓の外で泣きながら立っていた。それで,泣きながら,身をかがめて墓の中を見た。 20:12 そして彼女は,イエスの体が横たえられていた所に,二人の白い衣のみ使いが,一人は頭のところに,もう一人は足のところに座っているのを見た。 20:13 彼らは彼女に言った,「女よ,なぜ泣いているのか」。

彼女は彼らに言った,「人々がわたしの主を取り去ってしまい,どこに置いたのか分からないのです」。 20:14 彼女はこのことを言ってから,振り向いてイエスが立っているのを見た。しかし,それがイエスだとは分からなかった。

20:15 イエスは彼女に言った,「女よ,なぜ泣いているのか。だれを探し求めているのか」。

彼女は,彼を庭師だと思っていたので,彼に言った,「だんな様,あなたが彼を運び去ったのでしたら,どこに置いたのか教えてください。わたしが彼を引き取ります」。

20:16 イエスは彼女に言った,「マリア」。

彼女は向き直って彼に言った,「ラボニ!」 これは「先生!」と言うことである。

20:17 イエスは彼女に言った,「わたしに触ってはいけない。わたしはまだ,わたしの父のもとに上っていないからだ。だが,わたしの兄弟たちのところに行って,『わたしは,わたしの父またあなた方の父のもと,わたしの神またあなた方の神のもとに上ろうとしている』と告げなさい」。

20:18 マリア・マグダレネは行って,自分が主を見,彼が自分にこれらの事を言ったと弟子たちに告げた。 20:19 それで,その日,すなわち週の最初の日の夕方,弟子たちが集まっていた所は,ユダヤ人たちに対する恐れのため,すべての扉にかぎがかけられていたのに,イエスが来て真ん中に立ち,彼らに言った,「あなた方に平安があるように」。

20:20 このことを言ってから,自分の両手とわき腹を見せた。それで弟子たちは主を見て喜んだ。 20:21 そのためイエスは再び彼らに言った,「あなた方に平安があるように。ちょうど父がわたしを遣わされたのと同じように,わたしもあなた方を遣わす」。 20:22 このことを言ってから,彼らの上に息を吹きかけてこう言った。「聖霊を受けなさい!  20:23 あなた方がだれかの罪を許すなら,彼らはそれを許されている。あなた方がだれかの罪を留め置くなら,それは留め置かれている」。

20:24 しかし,十二人のうちの一人でディディモスと呼ばれるトマスは,イエスが来た時,彼らと共にいなかった。 20:25 それで,ほかの弟子たちは彼に言った,「わたしたちは主を見た!」

しかし彼は言った,「その手にくぎの跡を見,そのわき腹に自分の手を入れるのでなければ,わたしは信じない」。

20:26 八日後,弟子たちは再び中におり,トマスも彼らと共にいた。すべての扉にかぎがかけられていたのに,イエスが来て真ん中に立ち,「あなた方に平安があるように」と言った。 20:27 それから彼はトマスに言った,「あなたの指をここに伸ばし,わたしの両手を見なさい。あなたの手をここに伸ばし,わたしのわき腹にそれを入れなさい。信じない者ではなく,信じる者になりなさい」。

20:28 トマスはイエスに答えた,「わたしの主,わたしの神よ!」

20:29 イエスは彼に言った,「*あなたはわたしを見たので信じたのか。見なくても信じる者は幸いだ」。

20:30 それで,イエスは弟子たちの前でほかにもたくさんのしるしを行なったが,それはこの書には書かれていない。 20:31 しかし,これらの事が書かれたのは,あなた方が,イエスが神の子キリストだということを信じるため,また,信じることによって彼の名において命を得るためである。

21:1 こうした事ののち,イエスはティベリアスの海で,再び自分を弟子たちに示した。彼はこのやり方で自分を示した。 21:2 シモン・ペトロと,ディディモスと呼ばれるトマス,ガリラヤのカナのナタナエル,それにゼベダイの子たちと弟子たちのうちのもう二人が一緒にいた。 21:3 シモン・ペトロが彼らに言った,「わたしは漁に行く」。

彼らはペトロに言った,「わたしたちもあなたと共に行こう」。すぐに彼らは出て行き,舟に乗り込んだ。その夜は何も捕れなかった。 21:4 しかし,すでに日が昇って来た時,イエスが浜辺に立ったが,弟子たちはそれがイエスだと分からなかった。 21:5 それでイエスは彼らに言った,「子供たち,何か食べる物があるか」。

彼らは彼に「ありません」と答えた。

21:6 彼は彼らに言った,「網を舟の右側に降ろしなさい。そうすれば幾らか見つかるだろう」。

それで彼らはそれを降ろした。すると,多くの魚のために,彼らはそれを引き上げることができなかった。 21:7 それで,イエスが愛していた弟子がペトロに言った,「主だ!」

そこでシモン・ペトロは,主だと聞くと,(裸だったので)自分の上着をまとい,海の中に飛び込んだ。 21:8 しかし,ほかの弟子たちは(陸から遠くなく,二百キュビトほどだったので),魚でいっぱいの網を引いて,小舟でやって来た。 21:9 そこで彼らが陸に上がると,そこに炭火があり,その上に魚とパンがあるのを見た。 21:10 イエスは彼らに言った,「今捕った魚を少し持って来なさい」。

21:11 シモン・ペトロは舟に上がり,百五十三匹の大きな魚でいっぱいの網を陸に引き寄せた。そして,それほど多かったのに,網は裂けていなかった。

21:12 イエスは彼らに言った,「来て,朝食をとりなさい」。

弟子たちのうちのだれも,「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者はいなかった。主だと分かっていたからである。

21:13 それからイエスは来て,パンを取り,彼らにそれを与え,魚も同じようにした。 21:14 ところで,イエスが死んだ者たちの中から起こされたのちに弟子たちに示されたのは,これが三度目であった。 21:15 そこで彼らが朝食を食べ終わると,イエスはシモン・ペトロに言った,「ヨナの子シモン,あなたはこれら以上にわたしを愛しているか」。

彼はイエスに言った,「はい,主よ。わたしがあなたに愛情を抱いていることを,あなたは知っておられます」。

イエスは彼に言った,「わたしの子羊たちを養いなさい」。 21:16 また二度目にイエスは彼に言った,「ヨナの子シモン,あなたはわたしを愛しているか」。

彼はイエスに言った,「はい,主よ。わたしがあなたに愛情を抱いていることを,あなたは知っておられます」。

イエスは彼に言った,「わたしの羊たちを世話しなさい」。 21:17 三度目にイエスは彼に言った,「ヨナの子シモン,あなたはわたしに愛情を抱いているか」。

ペトロは,イエスが三度目に「あなたはわたしに愛情を抱いているか」と尋ねたことで悲しんだ。彼はイエスに言った,「主よ,あなたはすべてのことを知っておられます。わたしがあなたに愛情を抱いていることを,あなたは知っておられます」。

イエスは彼に言った,「わたしの羊たちを養いなさい。 21:18 本当にはっきりとあなたに言う。あなたは若かったとき,自分で服を着て,自分の望む所を歩いた。だが年を取ると,あなたは両手を広げ,ほかの人があなたに服を着せ,自分が行くのを望まない所に連れて行くだろう」。

21:19 ところで,彼がこのことを言ったのは,ペトロがどんな死に方で神の栄光を現わすことになるかを示すためであった。このことを言ってから,彼は言った,「わたしに従いなさい」。

21:20 それからペトロは振り向いて,一人の弟子が付いて来るのを見た。これは,イエスが心から愛していた弟子で,夕食の際にイエスの胸にもたれて,「主よ,だれがあなたを売り渡そうとしているのですか」と尋ねた者でもあった。 21:21 彼を見て,ペトロはイエスに言った,「主よ,この人についてはどうですか」。

21:22 イエスは彼に言った,「わたしが来るまで彼がとどまることをわたしが望むとしても,それがあなたにとって何なのか。あなたはわたしに従いなさい」。 21:23 それで,この弟子は死なないというこの言葉が兄弟たちの間に広まった。しかしイエスは,彼は死なないと言ったのではなく,「わたしが来るまで彼がとどまることをわたしが望むとしても,それがあなたにとって何なのか」と言ったのである。 21:24 この者が,これらの事について証言し,これらの事を書いた弟子である。わたしたちは,彼の証言が真実だということを知っている。 21:25 イエスが行なった事柄はほかにもたくさんあるが,それらが全部書かれるとすれば,世界そのものでさえも,その書かれる書物を収めることはできないだろうと,わたしは思う。

 わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」
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 花のコンテストがありました。1番目に出場したチューリップはこう言いました。「私きれいでしょう?」。見ている人は皆、「きれいでいいな」と言いました。2番目に出場したのはゆりさんです。ゆりさんはこう言いました。「私はいい香りもするわ」。みんな「本当だ。すごいな」と言いました。3番目に出場したのはばらさんです。ばらさんはこう言いました。「美しさも香りもすべて負けないわ」。さて、最後に出場したのは、葉っぱだけで匂いもしない、見た感じもみずぼらしい、きれいでない花でした。じつはこれ、ぶどうさんでした。
 さて、審査発表の時が来ました。審査員はこう述べます。「チューリップはきれいだけれど、香りがしたほうがよかったです。ゆりさんは香りはするけれど、もう少しきれいなら良い。ばらさんはきれいだし香りも良いから一番かと思うが、とげがあるから危ない。さて、最後に出たぶどうさんは、今は何もなくて、格好が悪いけれど、しばらくしたら、素晴らしいぶどうの実をつける。実がなると、きれいな香りがするし、ぶどうの実はきれいにすると格好良くなる。それにぶどうさんはこう話してくださいました。『私を見たり、香りをかぐだけでなく、私を食べて下さい。あなたの力になります』。そう言うぶどうさんがやはり一番です」。こうしてぶどうが優勝したのでした。

 花の国のたとえ話だからまだ分かりやすかったでしょう。しかしイエス様は、いきなり人々に「私の肉を食べろ。そうすれば、永遠の命を受ける」と言われました。キリスト者として私たちはこうした言葉には慣れっこになっています。けれど先入観を抜かせば、ほとんど何でも食べる私たちにとっても、気持ち悪い話です。キリスト教がローマで迫害されたのも、儀式の中で人の肉を食べると疑われたことがあったからです。今も初めてミサに出た人が、ミサの間の「私の肉を食べなさい」「私の血を飲みなさい」と言いながら行う司祭の言葉や仕草にショックを受けるということがたまにあります。まして、さまざまな食物規定によって、一つひとつこれは食べられる、食べられないと厳格に区別して、食べるということにとても神経を使っていたユダヤ人のことです。実にひどい話、大きな躓きだったでしょう。そのため聞いた人々の間で激しい議論が起こった上、弟子の多くは、イエス様の下を離れ去ってしまいました。
 しかしまさにイエス様は、花の国のぶどうのように、自分をすべて人の救いのために捧げ尽くしました。それが十字架の死です。そして今も、イエス様はご聖体として、私たちに噛み砕かれ、消化されることを望んでいるのです。それは十字架の犠牲と同じ、イエス様の愛があるからです。私たちの体と心の中に実際に入って、私たちが悪の誘惑に負けてしまわないよう、助けをしたい。そして道となって、真理に、永遠の命に導きたい。そのためならイエス様は自分が消え去ってもいい。そんな十字架上での熱い思いは、このご聖体においても再現されています。
 自分の体を人間に差し出すという犠牲を、今も払い続けるイエス様。しかしご聖体をもらっても、自分はなんら変わらないという人もいるでしょう。それは確かにそのとおりです。神様は、イエス様を十字架にかけようとする愚かな人間の行為を止めませんでした。同じように今も、私たちに自由な心で、自分の意志をもって、選び、行動することを神様は望んでいます。それが神にかたどられた最高の命・人間の素晴らしいところだからです。だからご聖体をいただけば、自動的に、機械的に、いつも良いことを選び取り、良いほうにだけ変わる。そんなことはありません。それでは強い作用を持つ脳の薬と同じです。
 ご聖体とはそのようなものではない。しかし確実に私の中に入って、助けとなっている。私の中で、ふつふつと神の永遠の命が息づいている。実際に私たちが善い思いを持ち、よい行いができたとき、それはご聖体をいただいたことの実りです。
 一人の死をも望まなかったイエス様の十字架上での犠牲。そして今も私たちに食べられると言うとんでもない犠牲を払い続けて下さっているイエス様。そのイエス様によって、私たちはすでに、確実に、永遠の命への道を歩んでいます。私たちがイエス様を捨てない限り。
 だからこそいつも喜び、感謝し、希望し、愛し、平和を実現するために、私たちの、神様からの永遠の命を使いましょう。イエス様が勝ち取ってくださった命。無駄なこと、不平・不満・不和・不正義のために使うことがないようにしましょう。そうしていつも神様の望むことを選び取っていきましょう。
11月tamiyaたちが一致しているのです
ミサの集会祈願はこのことを特に強調したことは、御ひとり子の母、終生処女であることとして記念された伝承(聖伝)
を聖書とともに大切にし、定義する」(「カトリック教会文書資料集」)
39~
187~
701
は、肉身と霊魂とともに天の栄光に上げられたという教義であるマリアが天に召された伝承(聖伝)
を聖書とともに大切にしました
この死去は、徹夜祭やハドリアヌス教会からサンタ・
マリア・
マジョーレ教会までの行列などで盛大に祝っています
とか思った?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ハム太郎」が書きました。
ほんとうは、ミカエルは
いつも、ふらんはネコ好きは聖書の中で、聖母の被聖母については直接記されていませんが、カトリック教会は何主にもわたって伝達されてきた伝承(聖伝)を聖書とともに大切にしてきました。
っていってたの。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「デルフィーヌ」が書きました。
盛大とかを集会したかったの♪
マリアの被昇天を決定するように宣言していることを意味します
これは「おめでとう、恵まれたかた」(ルカ1・28世紀末になったことができますように」)


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「インマニュエル」が書きました。
パパイヤは定義したいなぁ。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「パパイヤ」が書きました。
いつも、ふらんは
ネコ好きは聖書の中で、聖母の被聖母については直接記されていませんが、カトリック教会は何世紀にもわたって伝達されてきた伝承(聖伝)を聖書とともに大切にしてきました。
とか言ってた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ハーレーラビット」が書きました。
きょうはレオと宣言したいです。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ガブリエル」が書きました。
ネコ好きは
聖書の中で、聖母の被昇天については直接記されていませんが、カトリック教会は何世紀にもわたって伝達されてきた伝承(聖伝)を聖書とともに大切にしてきました。
って言ってたけど…

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ミカエラ」が書きました。
 マリアが霊魂も肉体もともに天に上げられたという教義で、1950年11月1日に、教皇ピオ十二世(在位1939~1958)が全世界に向かって、処女聖マリアの被昇天の教義を荘厳に公布しました。

  この教義が制定される以前に、すでに教皇レオ十三世(在位1878~1903)の命令によって、検邪聖省(現在は教理省)の記録庫に多くの請願が特別に集積され、後には神学者たちの希望も追加されました。また、第一バチカン公会議(1869~1870)において、204名の教父が聖母の被昇天を決定するように提案したことや、1921~1937年に「被昇天の定義促進運動」が盛んになったことの背景もあります。ピオ十二世は次のように宣言します、「われわれの主イエズス・キリストの権威と、使徒聖ペトロと聖パウロの権威、および私の権威により、無原罪の神の母、終生処女であるマリアがその地上の生活を終わった後、肉身と霊魂とともに天の栄光にあげられたことは、神によって啓示された真理であると宣言し、布告し、定義する」(『カトリック教会文書資料集』3903)。これは「おめでとう、恵まれたかた」(ルカ1・28)と神の使いからのあいさつを受け、神がともにおられるという恵みに満ちたものであるが故に、その生涯においてキリストと最も深く結ばれ、死後においてもキリストの復活と栄光にあずかっていることを意味します。つまりマリアは復活の恵みを受け、キリストを通しての神における人間の完成に到達したことを確信をもって宣言しているのです。

 聖書の中で、聖母の被昇天については直接記されていませんが、カトリック教会は何世紀にもわたって伝達されてきた伝承(聖伝)を聖書とともに大切にしてきました。この聖母の被昇天の教義も神から啓示された伝承の一部分であることをかつての司教たちが一致して認め、ピオ十二世が公に教会の教義であることを公布することによって、マリアが神の母であることを特に強調したことが考えられます。

 この8月15日が聖母マリアの祝日であることについて、歴史的に次のように言われています。5世紀のエルサレムでこの日に祝われていた神の母マリアの記念は、6世紀には、マリアの死去の日として東方教会で祝われるようになりました。この死去は、マリアが天に召された(帰天)ことと永遠のいのちのうちに誕生したこととして記念されていたようです。やがて7世紀半ばに西方教会にも受け継がれ、教皇セルジオ一世(在位687~701)は、徹夜祭やハドリアヌス教会からサンタ・マリア・マジョーレ教会までの行列などで盛大に祝っています。マリアの被昇天の名で知られるようになったのは、8世紀末になってからです。こうして1950年のピオ十二世の教義宣言に至るまでマリア信心の深まりと同時に、次第にこの日を特別な日として祝うようになりました。

 聖母の被昇天への信仰は、マリアだけが特別な存在だと言い表すのではありません。キリストによる救いにあずかる人たちの象徴として、信じるすべての人たちの救いへの希望を表現するものです。ミサの集会祈願はこのことを教えます、「全能永遠の神よ、あなたは、御ひとり子の母、汚れのないおとめマリアを、からだも魂も、ともに天の栄光に上げられました。信じる民がいつも天の国を求め、聖母とともに永遠の喜びに入ることができますように」。

昨日、marikoが
そんな中でわたしたちは、「これ(イエス)に聞け」という主をどこまで深く受け取ることができるかが問われているのではないでしょうか。
とか書いてた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ジョセフ」が書きました。
前、モスクワで自分とか、自分を捨て、自分のしるしです
そして、気がつくと主イエスしかおられなかった
だって♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ガブリエラミスティカ」が書きました。
前の弟子に光線が向かっているから、わたしに従いなさい
(ルカ9・31415)はビザンティン帝国で活躍した
ところで、これ(イエス)に聞けばそれでいる
この発光色と区別がつかない色合いでイエスが三人の弟子たちの山を上る場面を永続化させよう、とも言えるでしょう


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「キャット」が書きました。
きょうは、苦しみが受難しなかった。
ただきょうハム太郎が光線表現しなかった。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ハム太郎」が書きました。
きょうデルフィーヌは、マルコが鋭角っぽい理解した。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「デルフィーヌ」が書きました。
 主のみ使いのお告げがあって、
 マリアは聖霊によって懐胎された。
  アヴェ マリア、恩恵に満ちたあなたと共に主がおられ、
  あなたは女性の中で最も賛美され、
  ご胎内の子イエスも賛美されますように。
  神の母、聖マリア、わたしたち罪人のために、
  今も臨終のときも祈ってください。

 わたしは主のはしためです。
 おことばどおり、この身になりますように。
  アヴェ マリア、恩恵に満ちたあなたと共に主がおられ、
  あなたは女性の中で最も賛美され、
  ご胎内の子イエスも賛美されますように。
  神の母、聖マリア、わたしたち罪人のために、
  今も臨終のときも祈ってください。

 みことばは肉となり、
 わたしたちの中にお住まいになった。
  アヴェ マリア、恩恵に満ちたあなたと共に主がおられ、
  あなたは女性の中で最も賛美され、
  ご胎内の子イエスも賛美されますように。
  神の母、聖マリア、わたしたち罪人のために、
  今も臨終のときも祈ってください。

 神の聖なる母、わたしたちのために祈ってください。
 キリストの御約束にわたしたちをふさわしいものとしてください。
  祈りましょう。主よ、み使のお告げによって、
 あなたの子キリストの受肉を知らせていただいたわたしたちが、
 その受難と十字架の死によって、
 復活の栄光にまで到達できるように、 あなたの恩恵をわたしたちの心に注いでください。
 わたしたちの主キリストによって。アーメン。
インマニュエルが箕面までblogすればよかった?
ネコ飼いがblogされたみたい…
きょうネコ飼いの、教会がblogしたいです。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「インマニュエル」が書きました。

これはわたしの愛する子。これに聞け (マルコ9・7より)



主の変容
  イコン  フェオファン・グレク作
 モスクワ トレチャコーフ美術館 14世紀末

<今週の表紙絵から> 
  フェオファン・グレク (1330頃-1415)はビザンティン帝国で活躍し、後にロシアに移住。ノヴゴロドで活躍した。伝統的な形式に従いながらも、静寂(せいじゃく)主義と呼ばれる東方神秘主義の深い精神性をこめた多くの作品を残した画家である。
この変容のイコンも基本型に従いつつ、とりわけ「光」の神秘に対する深い感覚を示している。一見して目を引くように、白色の微妙な濃淡を含む球形の光輪とその鋭角的な閃光の重なりがイエスの姿を包んでいる。この発光色と区別がつかない色合いでイエスの衣が描かれ、なおかつ衣のひだも細かく描き分けられている。「服が真っ白に輝き」の描写のもとに、これほどに繊細に神の栄光を表現した画家の目の深さと技の高さを思わずにはいられない。イエスの背後の光から三人の弟子に光線が向かっている。イエスを仰ぎ見ている弟子がペトロである。イエスの右側はモーセ(十戒の石板を抱えている)、左がエリヤ(洗礼者ヨハネの描き方と似ている)であろう。両人の上の雲の中には小さく天使が描かれている。二人が神から遣わされたことを強調するものと思われる。二人の立つ岩山の下にイエスが三人の弟子たちの山を上る場面(左)と降りる場面(右)が描き込まれていることも興味深い。モーセは律法を代表する人物、エリヤは預言者を代表する人物です。「律法と預言者」は旧約聖書の中心部分を表し、イエスの受難と復活が聖書に記された神の計画の中にあることを示しています。なお、ルカ福音書はイエスとこの2人が話し合っていた内容は「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について」(ルカ9・31)であったことを伝え、この出来事とイエスの受難・死の結びつきを明確にしています。
 ペトロが仮小屋を建てようと言っているのは、この光景のあまりの素晴らしさが消え失せないように、3人の住まいを建ててこの場面を永続化させよう、と願ったからでしょう。しかし、この光景は永続するものではなく、一瞬にして消え去りました。今はまだ栄光のときではなく、受難に向かうときだからです。マルコ福音書は、ここで弟子の無理解を描こうとしているのでしょうか。

ペトロは感激と興奮のあまり、あわてふためいて、この3人のために仮小屋を三つ建てましょう、と言いました。わたしたちも、モーセやエリヤが自分の家に訪ねてきたら、驚き感激し、「とりあえずお上がり下さい」と言い、よければ「泊まっていってください」と言うでしょう。ペトロは正直な人ですね。そしていろいろ会話を交わしたいでしょう。
 ところがそのペトロの願いは空しく、たちまち光り輝く雲が3人を覆い、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者、これに聞け」という声がしました。父なる神の声のようです。そして、気がつくと主イエスしかおられなかった。つまり、神は、ご自分の愛する子であるイエスさまに聞けばそれで足りる、とおっしゃったのです。

  (4) 雲は「神がそこにおられる」ことのしるしです。イスラエルの民の荒れ野の旅の間、雲が神の臨在のシンボルとして民とともにありました(出エジプト記40・34-38参照)。雲の中からの声は、もちろん神の声です。「これはわたしの愛する子」という言葉は、ヨルダン川でイエスが洗礼を受けられたときに天から聞こえた声と同じです(マルコ1・11)。洗礼の時から「神の愛する子」としての歩みを始めたイエスは、ここからは受難の道を歩むことになりますが、その時に再び同じ声が聞こえます。この受難の道も神の愛する子としての道であることが示されるのです。「これに聞け」の「聞く」はただ声を耳で聞くという意味だけでなく、聞き従うことを意味します(申命記18・15参照)。受難予告で「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マルコ8・34)と言われていたことと対応していると言ったらよいでしょう。

  (5) イエスの変容の姿は、受難をとおってイエスが受けることになる栄光の姿でした。それはイエスの受難と栄光を実際に経験する前の弟子たちには理解できないことだったでしょう。弟子たちがこの出来事の意味を理解できるようになったのは、復活後のことでした。ところで、今のわたしたちにとっては、イエスの受難も栄光も、もうすでに知っていることです。苦しみの先に栄光が待っていると知っているから、わたしたちは今の苦しみを耐えていくことができるのでしょうか。それだけでなくむしろ、どんな苦しみの中でも、神とのつながり・イエスとのつながりを感じることができる、だからこそ、イエスと共に「神の愛する子」としての道を歩むことができる、とも言えるでしょう。
 八月は、かつての戦争の悲惨な出来事を思い起こす時期になりました。そして今もこの世界の平和を脅かすさまざまな出来事があって、人々の心を不安にさせているかもしれません。そんな中でわたしたちは、「これ(イエス)に聞け」という言葉をどこまで深く受け取ることができるかが問われているのではないでしょうか。
前にお告げの祈りをみんなで唱えました
パパイヤは、すごく感じとか違ってすごくアットホームな感じでしたの♪
と、パパイヤは思ったの♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「パパイヤ」が書きました。
前にお告げの祈りをみんなで唱えました

ミサの祈りをみんなで唱えました感じと違ってすごくアットホームな感じでした

ミサの始まる前にお告げの祈りをみんなで唱えました

ミサの始まる前、すごく
ネットとか違って
前アットホームをBLOGしなかった
箕面で広い
前アットホームをBLOGしたかった
と、ハーレーラビットは思ったの♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ハーレーラビット」が書きました。
きのうsebastianの、お告げとかblogするつもりだった。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ガブリエル」が書きました。
箕面で
ネットをBLOGしなかった?
今日はミカエラたちが、すごく祈りと
ネットや大きい感じや、すごく祈りと
とか書いてみるの♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「ミカエラ」が書きました。

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